いまし」
吹来《ふききた》り、吹去る風は大浪《おほなみ》の寄せては返す如く絶間無く轟《とどろ》きて、その劇《はげし》きは柱などをひちひちと鳴揺《なりゆる》がし、物打倒す犇《ひしめ》き、引断《ひきちぎ》る音、圧折《へしお》る響は此処彼処《ここかしこ》に聞えて、唯居るさへに胆《きも》は冷《ひや》されぬ。長火鉢には怠らず炭を加へ加へ、鉄瓶《てつびん》の湯気は雲を噴《は》くこと頻《しきり》なれど、更に背面を圧する寒《さむさ》は鉄板《てつぱん》などや負はさるるかと、飲めども多く酔《ゑ》ひ成さざるに、直行は後を牽《ひ》きて已《や》まず、お峯も心祝《こころいはひ》の数を過して、その地顔の赭《あか》きをば仮漆布《ニスし》きたるやうに照り耀《かがやか》して陶然たり。
狂女は果して来《こ》ざりけり。歓《よろこ》び酔《ゑ》へるお峯も唯|酔《ゑ》へる夫も、褒美|貰《もら》ひし婢も、十時近き比《ころほひ》には皆|寐鎮《ねしづま》りぬ。
風は猶《なほ》も邪《よこしま》に吹募りて、高き梢《こずゑ》は箒《ははき》の掃くが如く撓《たわ》められ、疎《まばら》に散れる星の数は終《つひ》に吹下《ふきおろ》されぬべく、層
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