ゐながら、酷《ひど》いわね、こんなに酔《よは》して。十時にはきつと帰ると云ふから私は待つてゐたのに、もう十一時過よ」
「本当に待つてゐてくれたのかい、宮《みい》さん。謝《しや》、多謝《たしや》! 若《もし》それが事実であるならばだ、僕はこのまま死んでも恨みません。こんなに酔されたのも、実はそれなのだ」
 彼は宮の手を取りて、情に堪へざる如く握緊《にぎりし》めつ。
「二人の事は荒尾より外に知る者は無いのだ。荒尾が又決して喋《しやべ》る男ぢやない。それがどうして知れたのか、衆《みんな》が知つてゐて……僕は実に驚いた。四方八方から祝盃《しゆくはい》だ祝盃だと、十も二十も一度に猪口《ちよく》を差されたのだ。祝盃などを受ける覚《おぼえ》は無いと言つて、手を引籠《ひつこ》めてゐたけれど、なかなか衆《みんな》聴かないぢやないか」
 宮は窃《ひそか》に笑《ゑみ》を帯びて余念なく聴きゐたり。
「それぢや祝盃の主意を変へて、仮初《かりそめ》にもああ云ふ美人と一所《いつしよ》に居て寝食を倶《とも》にすると云ふのが既に可羨《うらやまし》い。そこを祝すのだ。次には、君も男児《をとこ》なら、更に一歩を進めて、妻君
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