が」
「はい、これは。赤樫満枝《あかがしみつえ》さまと有仰《おつしや》いますか」
この女の素性に於《お》ける彼の疑は益《ますます》暗くなりぬ。夫有《つまも》てる身の我は顔に名刺を用意せるも似気無《にげな》し、まして裏面《うら》に横文字を入れたるは、猶可慎《なほつつまし》からず。応対の雍《しとやか》にして人馴《ひとな》れたる、服装《みなり》などの当世風に貴族的なる、或《あるひ》は欧羅巴《ヨウロッパ》的女子職業に自営せる人などならずや。但しその余《あまり》に色美《いろよ》きが、又さる際《きは》には相応《ふさはし》からずも覚えて、こは終《つひ》に一題の麗《うるはし》き謎《なぞ》を彼に与ふるに過ぎざりき。鴫沢の翁は貫一の冷遇《ぶあしらひ》に慍《いきどほ》るをも忘れて、この謎《なぞ》の為に苦められつつ病院を辞し去れり。
客を送り出でて満枝の内に入来《いりきた》れば、ベッドの上に貫一の居丈高《ゐたけだか》に起直りて、痩尽《やせすが》れたる拳《こぶし》を握りつつ、咄々《とつとつ》、言はで忍びし無念に堪へずして、独《ひと》り疾視《しつし》の瞳《ひとみ》を凝《こら》すに会へり。
第 六
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