》にはあらで、人の娘にもあらず、又貫一が妻と謂ふにもあらずして、深き訳ある内証者なるべし。若《も》しさもあらば、貫一はその身の境遇とともに堕落して性根《しようね》も腐れ、身持も頽《くづ》れたるを想ふべし、とかくは好みて昔の縁を繋《つな》ぐべきものにあらず。如此《かくのごと》き輩《やから》を出入《でいり》せしむる鴫沢の家は、終《つひ》に不慮の禍《わざはひ》を招くに至らんも知るべからざるを、と彼は心中|遽《にはか》に懼《おそれ》を生じて、さては彼の恨深く言《ことば》を容《い》れざるを幸《さいはひ》に、今日《こんにち》は一先《ひとまづ》立還《たちかへ》りて、尚《な》ほ一層の探索と一番の熟考とを遂《と》げて後、来《きた》る可《べ》くは再び来らんも晩《おそ》からず、と失望の裏《うち》別に幾分の得るところあるを私《ひそか》に喜べり。
「いや、これはどうも図らずお世話様に成りました。いづれ又近日改めてお目に掛りまするで、失礼ながらお名前を伺つて置きたうござりまするが」
「はい、私《わたくし》は」と紫根塩瀬《しこんしほぜ》の手提の中《うち》より小形の名刺を取出だして、
「甚《はなは》だ失礼でございます
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