数日前《すじつぜん》より鰐淵《わにぶち》が家は燈点《あかしとも》る頃を期して、何処《いづこ》より来るとも知らぬ一人の老女《ろうによ》に訪《とは》るるが例となりぬ。その人は齢《よはひ》六十路《むそぢ》余に傾《かたふ》きて、顔は皺《しわ》みたれど膚清《はだへきよ》く、切髪《きりがみ》の容《かたち》などなかなか由《よし》ありげにて、風俗も見苦からず、唯《ただ》異様なるは茶微塵《ちやみじん》の御召縮緬《おめしちりめん》の被風《ひふ》をも着ながら、更紗《さらさ》の小風呂敷包に油紙の上掛《うはがけ》したるを矢筈《やはず》に負ひて、薄穢《うすきたな》き護謨底《ゴムぞこ》の運動靴を履《は》いたり。
 所用は折入つて主《あるじ》に会ひたしとなり。生憎《あいにく》にも来る度《たび》他出中なりけれど、本意無《ほいな》げにも見えで急ぎ帰り、飽きもせずして通ひ来るなりけり。お峯は漸《やうや》く怪しと思初《おもひそ》めぬ。
 彼のあだかも三日続けて来《きた》れる日、その挙動の常ならず、殊《こと》には眼色凄《まなざしすご》く、憚《はばかり》も無く人を目戍《まも》りては、時ならぬに独《ひと》り打笑《うちゑ》む
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