ですから、お還し申して下さい」
彼は面《おもて》を伏せて又言はず、満枝は早くもその意を推《すい》して、また多くは問はず席に復《かへ》りて、
「お人違ではございませんでせうか、どうも御覚が無いと有仰《おつしや》るのでございます」
長き髯《ひげ》を推揉《おしも》みつつ鴫沢は為方無《せんかたな》さに苦笑《にがわらひ》して、
「人違とは如何《いか》なことでも! 五年や七年会はんでも私《わし》は未《ま》だそれほど老耄《ろうもう》はせんのだ。然し覚が無いと言へばそれまでの話、覚もあらうし、人違でもなからうと思へばこそ、かうして折角会ひにも来たらうと謂ふもの。老人の私がわざわざかうして出向いて来たのでのう、そこに免じて、些《ちよつ》とでも会うて貰ひませう」
挨拶《あいさつ》如何にと待てども、貫一は音だに立てざるなり。
「それぢや、何かい、こんなに言うても不承してはくれんのかの。ああ、さやうか、是非が無い。
然し、貫一さん、能《よ》う考へて御覧、まあ、私たちの事をどう思うてゐらるるか知らんが、お前さんの爾来《これまで》の為方《しかた》、又今日のこの始末は、ちと妥当《おだやか》ならんではあるまい
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