り。貫一は知らざる如く、彼方《あなた》を向きて答へず。仔細《しさい》こそあれとは覚ゆれど、例のこの人の無愛想よ、と満枝は傍《よそ》に見つつも憫《あはれ》に可笑《をかし》かりき。
「貫一さんや、私《わし》だ。疾《とう》にも訪ねたいのであつたが、何にしろ居所が全然《さつぱり》知れんので。一昨日《おとつひ》ふと聞出したから不取敢《とりあへず》かうして出向いたのだが、病気はどうかのう。何か、大怪我《おほけが》ださうではないか」
猶《なほ》も答のあらざるを腹立《はらだたし》くは思へど、満枝の居るを幸《さいはひ》に、
「睡《ね》てをりますですかな」
「はい、如何《いかが》でございますか」
彼はこの長者の窘《くるし》めるを傍《よそ》に見かねて、貫一が枕に近く差寄りて窺《うかが》へば、涙の顔を褥《しとね》に擦付《すりつ》けて、急上《せきあ》げ急上げ肩息《かたいき》してゐたり。何事とも覚えず驚《おどろか》されしを、色にも見せず、怪まるるをも言《ことば》に出《いだ》さず、些《ちと》の心着さへあらぬやうに擬《もてな》して、
「お客様がいらつしやいましたよ」
「今も言ひました通り、一向|識《し》らん方なの
前へ
次へ
全708ページ中361ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング