つて返すが可い」
「さやうでございますか。それでも、貴方様のお名前を有仰《おつしや》つてお尋ね……」
「ああ、何でも可いから早く断つて」
「さやうでございますか、それではお断り申しませうかね」
(五) の 二
婆は鴫沢《しぎさわ》の前にその趣を述べて、投棄てられし名刺を返さんとすれば、手を後様《うしろさま》に束《つか》ねたるままに受取らで、強《し》ひて面《おもて》を和《やはら》ぐるも苦しげに見えぬ。
「ああ、さやうかね、御承知の無い訳は無いのだ。ははは、大分《だいぶ》久い前の事だから、お忘れになつたのか知れん、それでは宜《よろし》い。私《わし》が直《ぢか》にお目に掛らう。この部屋は間貫一さんだね、ああ、それでは間違無い」
屹《き》と思案せる鴫沢の椅子ある方《かた》に進み寄れば、満枝は座を起ち、会釈して、席を薦《すす》めぬ。
「貫一さん、私《わし》だよ。久う会はんので忘れられたかのう」
室の隅《すみ》に婆が茶の支度せんとするを、満枝は自ら行きて手を下し、或《あるひ》は指図もし、又自ら持来《もちきた》りて薦むるなど尋常の見舞客にはあらじと、鴫沢は始めてこの女に注目せるな
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