台所より婢《をんな》も、出合《いであ》へり。
足の踏所《ふみど》も覚束無《おぼつかな》げに酔ひて、帽は落ちなんばかりに打傾《うちかたむ》き、ハンカチイフに裹《つつ》みたる折を左に挈《さ》げて、山車《だし》人形のやうに揺々《ゆらゆら》と立てるは貫一なり。面《おもて》は今にも破れぬべく紅《くれなゐ》に熱して、舌の乾《かわ》くに堪《た》へかねて連《しきり》に空唾《からつば》を吐きつつ、
「遅かつたかね。さあ御土産《おみやげ》です。還《かへ》つてこれを細君に遣《おく》る。何ぞ仁《じん》なるや」
「まあ、大変酔つて! どうしたの」
「酔つて了《しま》つた」
「あら、貫一《かんいつ》さん、こんな所に寐《ね》ちや困るわ。さあ、早くお上りなさいよ」
「かう見えても靴が脱げない。ああ酔つた」
仰様《のけさま》に倒れたる貫一の脚《あし》を掻抱《かきいだ》きて、宮は辛《から》くもその靴を取去りぬ。
「起きる、ああ、今起きる。さあ、起きた。起きたけれど、手を牽《ひ》いてくれなければ僕には歩けませんよ」
宮は婢《をんな》に燈《ともし》を把《と》らせ、自らは貫一の手を牽かんとせしに、彼は踉《よろめ》きつつ肩
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