や、赤樫様《あかがしさん》と云ふ者のある貴方の躯《からだ》に疵《きず》が付く。そりや、不為ぢやありますまいか、ああ」
 陰には己《おのれ》自ら更に甚《はなはだし》き不為を強《し》ひながら、人の口といふもののかくまでに重宝なるが可笑《をか》し、と満枝は思ひつつも、
「それは御深切に難有《ありがた》う存じます。私はとにかく、間さんはこれからお美《うつくし》い御妻君をお持ち遊ばす大事のお躯《からだ》でゐらつしやるのを、私のやうな者の為に御迷惑遊ばすやうな事が御座いましては何とも済みませんですから、私|自今《これから》慎《つつし》みますでございます」
「これは太《えら》い失敬なことを申しましたに、早速お用ゐなさつて難有い。然し、間も貴方のやうな方と嘘《うそ》にもかれこれ言《いは》るるんぢやから、どんなにも嬉《うれし》いぢやらう、私《わし》のやうな老人ぢやつたら、死ぬほどの病気したて、赤樫さんは訪ねても下さりや為《す》まいにな」
 貫一は苦々しさに聞かざる為《まね》してゐたり。
「そんな事が有るものでございますか、お見舞に上りますとも」
「さやうかな。然し、こんなに度々来ては下さりやすまい」

前へ 次へ
全708ページ中346ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング