なる書燈を点《とも》し了《をは》れる時、婢《をんな》は台十能に火を盛りたるを持来《もちきた》れり。宮はこれを火鉢《ひばち》に移して、
「さうして奥のお鉄瓶《てつ》も持つて来ておくれ。ああ、もう彼方《あちら》は御寝《おやすみ》になるのだから」
久《ひさし》く人気《ひとけ》の絶えたりし一間の寒《さむさ》は、今|俄《にはか》に人の温き肉を得たるを喜びて、直《ただ》ちに咬《か》まんとするが如く膚《はだへ》に薄《せま》れり。宮は慌忙《あわただし》く火鉢に取付きつつ、目を挙げて書棚《しよだな》に飾れる時計を見たり。
夜の闇《くら》く静なるに、燈《ともし》の光の独《ひと》り美き顔を照したる、限無く艶《えん》なり。松の内とて彼は常より着飾れるに、化粧をさへしたれば、露を帯びたる花の梢《こずゑ》に月のうつろへるが如く、背後《うしろ》の壁に映れる黒き影さへ香滴《にほひこぼ》るるやうなり。
金剛石《ダイアモンド》と光を争ひし目は惜気《をしげ》も無く※[#「※」は「目+登」、27−17]《みは》りて時計の秒《セコンド》を刻むを打目戍《うちまも》れり。火に翳《かざ》せる彼の手を見よ、玉の如くなり。さらば友
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