はんか、或《あるひ》は四十の院長に従はんか、彼の栄誉ある地位は、学士を婿にして鴫沢の後を嗣《つ》ぐの比にはあらざらんをと、一旦|抱《いだ》ける希望《のぞみ》は年と共に太りて、彼は始終昼ながら夢みつつ、今にも貴き人又は富める人又は名ある人の己《おのれ》を見出《みいだ》して、玉の輿《こし》を舁《かか》せて迎に来《きた》るべき天縁の、必ず廻到《めぐりいた》らんことを信じて疑はざりき。彼のさまでに深く貫一を思はざりしは全くこれが為のみ。されども決して彼を嫌《きら》へるにはあらず、彼と添はばさすがに楽《たのし》からんとは念《おも》へるなり。如此《かくのごと》く決定《さだか》にそれとは無けれど又有りとし見ゆる箒木《ははきぎ》の好運を望みつつも、彼は怠らず貫一を愛してゐたり。貫一は彼の己を愛する外にはその胸の中に何もあらじとのみ思へるなりけり。
第 四 章
漆の如き闇《やみ》の中《うち》に貫一の書斎の枕時計は十時を打ちぬ。彼は午後四時より向島《むこうじま》の八百松《やおまつ》に新年会ありとて未《いま》だ還《かへ》らざるなり。
宮は奥より手ラムプを持ちて入来《いりき》にけるが、机の上
前へ
次へ
全708ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング