き》の常より頻《しきり》なる午前十一時といふ頃、屈《かが》み勝に疲れたる車夫は、泥の粉衣《ころも》掛けたる車輪を可悩《なやま》しげに転《まろば》して、黒綾《くろあや》の吾妻《あづま》コオト着て、鉄色縮緬《てついろちりめん》の頭巾《づきん》を領《えり》に巻きたる五十路《いそぢ》に近き賤《いやし》からぬ婦人を載せたるが、南の方《かた》より芝飯倉通《しばいいぐらとおり》に来かかりぬ。
 唯有《とあ》る横町を西に切れて、某《なにがし》の神社の石の玉垣《たまがき》に沿ひて、だらだらと上《のぼ》る道狭く、繁《しげ》き木立に南を塞《ふさ》がれて、残れる雪の夥多《おびただし》きが泥交《どろまじり》に踏散されたるを、件《くだん》の車は曳々《えいえい》と挽上《ひきあ》げて、取着《とつき》に土塀《どべい》を由々《ゆゆ》しく構へて、門《かど》には電燈を掲げたる方《かた》にぞ入《い》りける。
 こは富山唯継が住居《すまひ》にて、その女客は宮が母なり。主《あるじ》は疾《とく》に会社に出勤せし後にて、例刻に来《きた》れる髪結の今方|帰行《かへりゆ》きて、まだその跡も掃かぬ程なり。紋羽二重《もんはぶたへ》の肉色鹿子《
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