ね、無い? そりや可かん。一枚も無いんか、そりや可かん。それぢや、明後日《あさつて》写しに行かう。直《ずつ》と若返つて二人で写すなんぞも可いぢやないか。
 善し、寄鍋が来た? さあ行かう」
 夫に引添ひて宮はこの室を出でんとして、思ふところありげに姑《しばら》く窓の外面《そとも》を窺《うかが》ひたりしが、
「どうしてこんなに降るのでせう」
「何を下《くだ》らんことを言ふんだ。さあ、行かう行かう」

     第 三 章

 宮は既に富むと裕《ゆたか》なるとに※[#「※」は「厭/食」、221−5]《あ》きぬ。抑《そもそ》も彼がこの家に嫁《とつ》ぎしは、惑深《まどひふか》き娘気の一図に、栄耀《えいよう》栄華の欲するままなる身分を願ふを旨とするなりければ、始より夫の愛情の如きは、有るも善し、有らざるも更に善しと、殆《ほとん》ど無用の物のやうに軽《かろし》めたりき。今やその願足りて、しかも遂《つひ》に※[#「※」は「厭/食」、読みは「あ」、221−7]きたる彼は弥《いよい》よ※[#「※」は「夕/寅」、221−8]《まつは》らるる愛情の煩《わづらはし》きに堪《た》へずして、寧《むし》ろ影を追ふよ
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