下婢《かひ》とに万般《よろづ》の煩《わづらはし》きを委《まか》せ、一日何の為《な》すべき事も無くて、出《い》づるに車あり、膳《ぜん》には肉あり、しかも言ふことは皆聴れ、為すことは皆|悦《よろこ》ばるる夫を持てるなど、彼は今若き妻の黄金時代をば夢むる如く楽めるなり。実《げ》に世間の娘の想ひに想ひ、望みに望める絶頂は正《まさ》に己《おのれ》のこの身の上なる哉《かな》、と宮は不覚《そぞろ》胸に浮べたるなり。
嗟乎《ああ》、おのれもこの身の上を願ひに願ひし余《あまり》に、再び得難き恋人を棄てにしよ。されども、この身の上に窮《きは》めし楽《たのしみ》も、五年《いつとせ》の昔なりける今日の日に窮《きは》めし悲《かなしみ》に易《か》ふべきものはあらざりしを、と彼は苦しげに太息《ためいき》したり。今にして彼は始めて悟りぬ。おのれのこの身の上を願ひしは、その恋人と倶《とも》に同じき楽《たのしみ》を享《う》けんと願ひしに外ならざるを。若《も》し身の楽《たのしみ》と心の楽《たのしみ》とを併享《あはせう》くべき幸無《さちな》くて、必ずその一つを択《えら》ぶべきものならば、孰《いづれ》を取るべきかを知ることの
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