《ただ》ならず冷《ひ》ゆる日なり。宮は毎《いつ》よりも心煩《こころわづらはし》きこの日なれば、かの筆採りて書続けんと為《し》たりしが、余《あまり》に思乱るればさるべき力も無くて、いとどしく紛れかねてゐたり。
 益《ますま》す寒威の募るに堪へざりければ、遽《にはか》に煖炉《だんろ》を調ぜしめて、彼は西洋間に徙《うつ》りぬ。尽《ことごと》く窓帷《カアテン》を引きたる十畳の間《ま》は寸隙《すんげき》もあらず裹《つつ》まれて、火気の漸《やうや》く春を蒸すところに、宮は体《たい》を胖《ゆたか》に友禅縮緬《ゆうぜんちりめん》の長襦袢《ながじゆばん》の褄《つま》を蹈披《ふみひら》きて、緋《ひ》の紋緞子《もんどんす》張の楽椅子《らくいす》に凭《よ》りて、心の影の其処《そこ》に映るを眺《なが》むらんやうに、その美き目をば唯白く坦《たひら》なる天井に注ぎたり。
 夫の留守にはこの家の主《あるじ》として、彼は事《つか》ふべき舅姑《きゆうこ》を戴《いただ》かず、気兼すべき小姑《こじうと》を抱《かか》へず、足手絡《あしてまとひ》の幼きも未《ま》だ有らずして、一箇《ひとり》の仲働《なかばたらき》と両箇《ふたり》の
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