それか非《あら》ぬかを疑へるなり。
蒼《あを》く羸《やつ》れたる直道が顔は可忌《いまはし》くも白き色に変じ、声は甲高《かんだか》に細りて、膝《ひざ》に置ける手頭《てさき》は連《しき》りに震ひぬ。
「いくら論じたところで、解りきつた理窟なのですから、もう言ひますまい。言へば唯阿父さんの心持を悪くするに過ぎんのです。然し、従来《これまで》も度々《たびたび》言ひましたし、又今日こんなに言ふのも、皆|阿父《おとつ》さんの身を案じるからで、これに就いては陰でどれほど私が始終苦心してゐるか知つてお在《いで》は無からうけれど、考出《かんがへだ》すと勉強するのも何も可厭《いや》になつて、吁《ああ》、いつそ山の中へでも引籠《ひつこ》んで了はうかと思ひます。阿父さんはこの家業を不正でないとお言ひなさるが、実に世間でも地獄の獄卒のやうに憎み賤《いやし》んで、附合ふのも耻《はぢ》にしてゐるのですよ。世間なんぞはかまふものか、と貴方はお言ひでせうが、子としてそれを聞《きか》される心苦しさを察して下さい。貴方はかまはんと謂ふその世間も、やはり我々が渡つて行かなければならん世間です。その世間に肩身が狭くなつて終《
前へ
次へ
全708ページ中295ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング