浅ましさに我を忘れてつと迸《ほとばし》る哭声《なきごゑ》は、咬緊《くひし》むる歯をさへ漏れて出づるを、母は驚き、途方に昏《く》れたる折しも、門《かど》に俥《くるま》の駐《とどま》りて、格子の鐸《ベル》の鳴るは夫の帰来《かへり》か、次手《ついで》悪しと胸を轟《とどろ》かして、直道の肩を揺り動《うごか》しつつ、声を潜めて口早に、
「直道、阿父さんのお帰来《かへり》だから、泣いてゐちや可けないよ、早く彼方《あつち》へ行つて、……よ、今日は後生だから何も言はずに……」
はや足音は次の間に来《きた》りぬ。母は慌《あわ》てて出迎に起《た》てば、一足遅れに紙門《ふすま》は外より開れて主《あるじ》直行の高く幅たき躯《からだ》は岸然《のつそり》とお峯の肩越《かたごし》に顕《あらは》れぬ。
(一) の 二
「おお、直道か珍いの。何時《いつ》来たのか」
かく言ひつつ彼は艶々《つやつや》と赭《あから》みたる鉢割《はちわれ》の広き額の陰に小く点せる金壺眼《かねつぼまなこ》を心快《こころよ》げに※[#「※」は「目+登」、201−13]《みひら》きて、妻が例の如く外套《がいとう》を脱《ぬが》するま
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