に、血の道を悩める心地《ここち》にて、※[#「※」は「りっしんべん+(夢−夕)/目」、194−14]々《うつらうつら》となりては驚かされつつありける耳元に、格子《こうし》の鐸《ベル》の轟《とどろ》きければ、はや夫の帰来《かへり》かと疑ひも果てぬに、紙門《ふすま》を開きて顕《あらは》せる姿は、年紀《としのころ》二十六七と見えて、身材《たけ》は高からず、色やや蒼《あを》き痩顔《やせがほ》の険《むづか》しげに口髭逞《くちひげたくまし》く、髪の生《お》ひ乱れたるに深々《ふかふか》と紺ネルトンの二重外套《にじゆうまわし》の襟《えり》を立てて、黒の中折帽を脱ぎて手にしつ。高き鼻に鼈甲縁《べつこうぶち》の眼鏡を挿《はさ》みて、稜《かど》ある眼色《まなざし》は見る物毎に恨あるが如し。
妻は思設けぬ面色《おももち》の中に喜を漾《たた》へて、
「まあ直道《ただみち》かい、好くお出《いで》だね」
片隅《かたすみ》に外套《がいとう》を脱捨つれば、彼は黒綾《くろあや》のモオニングの新《あたらし》からぬに、濃納戸地《こいなんどじ》に黒縞《くろじま》の穿袴《ズボン》の寛《ゆたか》なるを着けて、清《きよら》ならぬ
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