《きん》も下さらない?」
「無いから遣れん!」
貫一は目を側めて遊佐が面《おもて》を熟《じ》と候《うかが》へり。その冷《ひややか》に鋭き眼《まなこ》の光は異《あやし》く彼を襲ひて、坐《そぞろ》に熱する怒気を忘れしめぬ。遊佐は忽《たちま》ち吾に復《かへ》れるやうに覚えて、身の危《あやふ》きに処《を》るを省みたり。一時を快くする暴言も竟《つひ》に曳《ひか》れ者《もの》の小唄《こうた》に過ぎざるを暁《さと》りて、手持無沙汰《てもちぶさた》に鳴《なり》を鎮めつ。
「では、何《いつ》ごろ御都合が出来るのですか」
機を制して彼も劣らず和《やはら》ぎぬ。
「さあ、十六日まで待つてくれたまへ」
「聢《しか》と相違ございませんか」
「十六日なら相違ない」
「それでは十六日まで待ちますから……」
「延期料かい」
「まあ、お聞きなさいまし、約束手形を一枚お書き下さい。それなら宜《よろし》うございませう」
「宜い事も無い……」
「不承を有仰《おつしや》るところは少しも有りはしません、その代り何分《なんぶん》か今日《こんにち》お遣《つかは》し下さい」
かく言ひつつ手鞄《てかばん》を開きて、約束手形の用紙を
前へ
次へ
全708ページ中225ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング