です」
「それはさうだらう。然《しか》し凡《およ》そどんなものかね」
「旧《もと》は農商務省に勤めてをりましたが、唯今《ただいま》では地所や家作《かさく》などで暮してゐるやうでございます。どうか小金も有るやうな話で、鴫沢隆三《しぎさわりゆうぞう》と申して、直《ぢき》隣町《となりちよう》に居りまするが、極《ごく》手堅く小体《こてい》に遣《や》つてをるのでございます」
「はあ、知れたもんだね」
我《われ》は顔《がほ》に頤《おとがひ》を掻撫《かいな》づれば、例の金剛石《ダイアモンド》は燦然《きらり》と光れり。
「それでも可いさ。然し嫁《く》れやうか、嗣子《あととり》ぢやないかい」
「さやう、一人娘のやうに思ひましたが」
「それぢや窮《こま》るぢやないか」
「私《わたくし》は悉《くはし》い事は存じませんから、一つ聞いて見ませうで」
程無く内儀は環を捜得《さがしえ》て帰来《かへりき》にけるが、誰《た》が悪戯《いたづら》とも知らで耳掻《みみかき》の如く引展《ひきのば》されたり。主は彼に向ひて宮の家内《かない》の様子を訊《たづ》ねけるに、知れる一遍《ひととほり》は語りけれど、娘は猶能《なほよ》く
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