てて、忽《ゆるがせ》にすべからざらんやうに急遽《とつかは》と身を起せり。
「ああ、酷《ひど》い目に遭《あ》つた。どうもああ乱暴ぢや為様が無い。火事装束ででも出掛けなくつちやとても立切《たちき》れないよ。馬鹿にしてゐる! 頭を二つばかり撲《ぶた》れた」
 手の甲の血を吮《す》ひつつ富山は不快なる面色《おももち》して設《まうけ》の席に着きぬ。予《かね》て用意したれば、海老茶《えびちや》の紋縮緬《もんちりめん》の※[#「※」は「ころもへん+因」、17−11]《しとね》の傍《かたはら》に七宝焼《しちほうやき》の小判形《こばんがた》の大手炉《おほてあぶり》を置きて、蒔絵《まきゑ》の吸物膳《すひものぜん》をさへ据ゑたるなり。主は手を打鳴して婢《をんな》を呼び、大急《おほいそぎ》に銚子と料理とを誂《あつら》へて、
「それはどうも飛でもない事を。外《ほか》に何処《どこ》もお怪我《けが》はございませんでしたか」
「そんなに有られて耐《たま》るものかね」
 為《せ》う事無さに主も苦笑《にがわらひ》せり。
「唯今《ただいま》絆創膏《ばんそうこう》を差上げます。何しろ皆書生でございますから随分乱暴でございませ
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