くじ》かんと大童《おほわらは》になれるに外《ほか》ならざるなり。果せる哉《かな》、件《くだん》の組はこの勝負に蓬《きたな》き大敗を取りて、人も無げなる紳士もさすがに鼻白《はなしろ》み、美き人は顔を赧《あか》めて、座にも堪《た》ふべからざるばかりの面皮《めんぴ》を欠《かか》されたり。この一番にて紳士の姿は不知《いつか》見えずなりぬ。男たちは万歳を唱へけれども、女の中には掌《たなぞこ》の玉を失へる心地《ここち》したるも多かりき。散々に破壊され、狼藉され、蹂躙されし富山は、余りにこの文明的な轤エる遊戯に怖《おそれ》をなして、密《ひそか》に主《あるじ》の居間に逃帰れるなりけり。
 鬘《かつら》を被《き》たるやうに梳《くしけづ》りたりし彼の髪は棕櫚箒《しゆろぼうき》の如く乱れて、環《かん》の隻《かたかた》※[#「※」は「てへん+宛」、17−4]《も》げたる羽織の紐《ひも》は、手長猿《てながざる》の月を捉《とら》へんとする状《かたち》して揺曳《ぶらぶら》と垂《さが》れり。主は見るよりさも慌《あわ》てたる顔して、
「どう遊ばしました。おお、お手から血が出てをります」
 彼はやにはに煙管《きせる》を捨
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