、彼はこれを以てその友に満足すとも、なほこれをその妻に於けるも然《しか》りと為《な》すの勇あるか。彼が最愛の妻は、その一人を守るべき夫の目を※[#「※」は「目+毛」、131−14]《かす》めて、陋《いやし》みても猶《なほ》余ある高利貸の手代に片思の涙を灑《そそ》ぐにあらずや。
宮は傍《かたはら》に人無しと思へば、限知られぬ涙に掻昏《かきく》れて、熱海の浜に打俯《うちふ》したりし悲歎《なげき》の足らざるをここに続《つ》がんとすなるべし。階下《した》より仄《ほのか》に足音の響きければ、やうやう泣顔隠して、わざと頭《かしら》を支へつつ室《しつ》の中央《まなか》なる卓子《テエブル》の周囲《めぐり》を歩みゐたり。やがて静緒の持来《もちきた》りし水に漱《くちそそ》ぎ、懐中薬《かいちゆうくすり》など服して後、心地|復《をさま》りぬとて又窓に倚《よ》りて外方《とのがた》を眺めたりしが、
「ちよいと、那処《あすこ》に、それ、男の方の話をしてお在《いで》の所も御殿の続きなのですか」
「何方《どちら》でございます。へ、へい、あれは父の詰所で、誰か客と見えまする」
「お宅は? 御近所なのですか」
「はい、お
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