心配で、心火《ちんちん》なら可いけれど、なかなか心火どころの洒落《しやれ》た沙汰《さた》ぢやありはしません。あんな者に係合《かかりあ》つてゐた日には、末始終どんな事になるか知れやしない、それが私は苦労でね。内の夫《ひと》もあのくらゐ利巧で居ながらどうしたと云ふのでせう。今朝出掛けたのもどうも異《をかし》いの、確に氷川へ行つたんぢやないらしい。だから御覧なさい。この頃は何となく冶《しや》れてゐますわね、さうして今朝なんぞは羽織から帯まで仕立下《したておろ》し渾成《づくめ》で、その奇麗事と謂《い》つたら、何《いつ》が日《ひ》にも氷川へ行くのにあんなに※[#「※」は「靜−爭+見」、119−3]《めか》した事はありはしません。もうそれは氷川でない事は知れきつてゐるの」
「それが事実なら困りましたな」
「あれ、お前さんは未だそんな気楽なことを言つてゐるよ。事実ならッて、事実に違無いと云ふのに」
 貫一の気乗せぬをお峯はいと歯痒《はがゆ》くて心|苛《いら》つなるべし。
「はあ、事実とすれば弥《いよい》よ善くない。あの女に係合つちや全く妙でない。御心配でせう」
「私は悋気《りんき》で言ふ訳ぢやない、
前へ 次へ
全708ページ中167ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング