れ一度《ひとたび》はこの紳士と組みて、世に愛《めで》たき宝石に咫尺《しせき》するの栄を得ばや、と彼等の心々《こころごころ》に冀《こひねが》はざるは希《まれ》なりき。人|若《も》し彼に咫尺するの栄を得ば、啻《ただ》にその目の類無《たぐひな》く楽《たのしま》さるるのみならで、その鼻までも菫花《ヴァイオレット》の多く※[#「※」は「鼻+(嗅−口)」、16−2]《か》ぐべからざる異香《いきよう》に薫《くん》ぜらるるの幸《さいはひ》を受くべきなり。
 男たちは自《おのづ》から荒《すさ》められて、女の挙《こぞ》りて金剛石《ダイアモンド》に心牽《こころひか》さるる気色《けしき》なるを、或《あるひ》は妬《ねた》く、或は浅ましく、多少の興を冷《さま》さざるはあらざりけり。独《ひと》り宮のみは騒げる体《てい》も無くて、その清《すずし》き眼色《まなざし》はさしもの金剛石と光を争はんやうに、用意深《たしなみふか》く、心様《こころざま》も幽《ゆかし》く振舞へるを、崇拝者は益々|懽《よろこ》びて、我等の慕ひ参らする効《かひ》はあるよ、偏《ひとへ》にこの君を奉じて孤忠《こちゆう》を全うし、美と富との勝負を唯一戦に決
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