「成程金剛石!」
「まあ、金剛石よ」
「あれが金剛石?」
「見給へ、金剛石」
「あら、まあ金剛石??」
「可感《すばらし》い金剛石」
「可恐《おそろし》い光るのね、金剛石」
「三百円の金剛石」
 瞬《またた》く間《ひま》に三十余人は相呼び相応じて紳士の富を謳《うた》へり。
 彼は人々の更互《かたみがはり》におのれの方《かた》を眺《なが》むるを見て、その手に形好く葉巻《シガア》を持たせて、右手《めて》を袖口《そでぐち》に差入れ、少し懈《たゆ》げに床柱に靠《もた》れて、目鏡の下より下界を見遍《みわた》すらんやうに目配《めくばり》してゐたり。
 かかる目印ある人の名は誰《たれ》しも問はであるべきにあらず、洩《も》れしはお俊の口よりなるべし。彼は富山唯継《とみやまただつぐ》とて、一代|分限《ぶげん》ながら下谷《したや》区に聞ゆる資産家の家督なり。同じ区なる富山銀行はその父の私設する所にして、市会議員の中《うち》にも富山|重平《じゆうへい》の名は見出《みいだ》さるべし。
 宮の名の男の方《かた》に持囃《もてはや》さるる如く、富山と知れたる彼の名は直《ただち》に女の口々に誦《ずん》ぜられぬ。あは
前へ 次へ
全708ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング