ほどの真珠を附けたる指環をだに、この幾歳《いくとせ》か念懸《ねんが》くれども未《いま》だ容易に許されざる娘の胸は、忽《たちま》ち或事を思ひ浮べて攻皷《せめつづみ》の如く轟《とどろ》けり。彼は惘然《ぼうぜん》として殆ど我を失へる間《ま》に、電光の如く隣より伸来《のびきた》れる猿臂《えんぴ》は鼻の前《さき》なる一枚の骨牌《かるた》を引攫《ひきさら》へば、
「あら、貴女《あなた》どうしたのよ」
 お俊は苛立《いらだ》ちて彼の横膝《よこひざ》を続けさまに拊《はた》きぬ。
「可《よ》くつてよ、可くつてよ、以来《これから》もう可くつてよ」
 彼は始めて空想の夢を覚《さま》して、及ばざる身《み》の分《ぶん》を諦《あきら》めたりけれども、一旦|金剛石《ダイアモンド》の強き光に焼かれたる心は幾分の知覚を失ひけんやうにて、さしも目覚《めざまし》かりける手腕《てなみ》の程も見る見る漸《やうや》く四途乱《しどろ》になりて、彼は敢無《あへな》くもこの時よりお俊の為に頼み難《がたな》き味方となれり。
 かくしてかれよりこれに伝へ、甲より乙に通じて、
「金剛石《ダイアモンド》!」
「うむ、金剛石だ」
「金剛石??」
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