貴族院の椅子を占めて優に高かるべき器《うつは》を抱《いだ》きながら、五年を独逸《ドイツ》に薫染せし学者風を喜び、世事を抛《なげう》ちて愚なるが如く、累代の富を控へて、無勘定の雅量を肆《ほしいまま》にすれども、なほ歳《とし》の入るものを計るに正《まさ》に出づるに五倍すてふ、子爵中有数の内福と聞えたる田鶴見良春《たづみよしはる》その人なり。
 氷川なる邸内には、唐破風造《からはふづくり》の昔を摸《うつ》せる館《たち》と相並びて、帰朝後起せし三層の煉瓦造《れんがづくり》の異《あやし》きまで目慣れぬ式なるは、この殿の数寄《すき》にて、独逸に名ある古城の面影《おもかげ》を偲《しの》びてここに象《かたど》れるなりとぞ。これを文庫と書斎と客間とに充《あ》てて、万足《よろづた》らざる無き閑日月《かんじつげつ》をば、書に耽《ふけ》り、画に楽《たのし》み、彫刻を愛し、音楽に嘯《うそぶ》き、近き頃よりは専《もつぱ》ら写真に遊びて、齢《よはひ》三十四に※[#「※」は「しんにょう+台」、108−15]《およ》べども頑《がん》として未《いま》だ娶《めと》らず。その居るや、行くや、出づるや、入るや、常に飄然《ひよう
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