ましよ」
「承知しました」
「もつと優《やさし》い言《ことば》をお聞せ下さいましな」
「私も覚えてゐます」
「もつと何とか有仰《おつしや》りやうが有りさうなものではございませんか」
「御志は決《け》して忘れません。これなら宜いでせう」
 満枝は物をも言はずつと起ちしが、飜然《ひらり》と貫一の身近に寄添ひて、
「お忘れあそばすな」と言ふさへに力籠《ちからこも》りて、その太股《ふともも》を絶《したた》か撮《つめ》れば、貫一は不意の痛に覆《くつがへ》らんとするを支へつつ横様《よこさま》に振払ふを、満枝は早くも身を開きて、知らず顔に手を打鳴して婢《をんな》を呼ぶなりけり。

     第 三 章

 赤坂氷川《あかさかひかわ》の辺《ほとり》に写真の御前《ごぜん》と言へば知らぬ者無く、実《げ》にこの殿の出《い》づるに写真機械を車に積みて随《したが》へざることあらざれば、自《おのづか》ら人目を※[#「※」は「しんにょう+官」、108−7]《のが》れず、かかる異名《いみよう》は呼るるにぞありける。子細《しさい》を明めずしては、「将棊《しようぎ》の殿様」の流かとも想はるべし。あらず! 才の敏、学の博、
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