、とそれを楽《たのしみ》に義理も人情も捨てて掛つて、今では名誉も色恋も無く、金銭より外には何の望《のぞみ》も持たんのです。又考へて見ると、憖《なまじ》ひ人などを信じるよりは金銭を信じた方が間違が無い。人間よりは金銭の方が夐《はる》か頼《たのみ》になりますよ。頼にならんのは人の心です!
先《まづ》かう云ふ考でこの商売に入つたのでありますから、実を申せば、貴方の貸して遣らうと有仰《おつしや》る資本は欲いが、人間の貴方には用が無いのです」
彼は仰ぎて高笑《たかわらひ》しつつも、その面《おもて》は痛く激したり。
満枝は、彼の言《ことば》の決して譌《いつはり》ならざるべきを信じたり。彼の偏屈なる、実《げ》にさるべき所見《かんがへ》を懐けるも怪むには足らずと思へるなり。されども、彼は未だ恋の甘きを知らざるが故《ゆゑ》に、心狭くもこの面白き世に偏屈の扉《とびら》を閉ぢて、詐《いつはり》と軽薄と利欲との外なる楽あるを暁《さと》らざるならん。やがて我そを教へんと、満枝は輙《たやす》く望を失はざるなりき。
「では何でございますか、私の心もやはり頼にならないとお疑ひ遊ばすのでございますか」
「疑ふ、疑
前へ
次へ
全708ページ中146ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング