て、やや心惑へるなりけり。
「さう云ふやうなお方がお在《あん》なさらなければ、……私貴方にお願があるのでございます」
貫一も今は屹《きつ》と胸を据ゑて、
「うむ、解りました」
「ああ、お了解《わかり》になりまして?!」
嬉しと心を言へらんやうの気色《けしき》にて、彼の猪口《ちよく》に余《あま》せし酒を一息《ひといき》に飲乾《のみほ》して、その盃をつと貫一に差せり。
「又ですか」
「是非!」
発《はずみ》に乗せられて貫一は思はず受《うく》ると斉《ひとし》く盈々《なみなみ》注《そそが》れて、下にも置れず一口附くるを見たる満枝が歓喜《よろこび》!
「その盃は清めてございませんよ」
一々底意ありて忽諸《ゆるがせ》にすべからざる女の言を、彼はいと可煩《わづらはし》くて持余《もてあま》せるなり。
「お了解《わかり》になりましたら、どうぞ御返事を」
「その事なら、どうぞこれぎりにして下さい」
僅《わづか》にかく言ひ放ちて貫一は厳《おごそ》かに沈黙しつ。満枝もさすがに酔《ゑひ》を冷《さま》して、彼の気色《けしき》を候《うかが》ひたりしに、例の言寡《ことばすくな》なる男の次いでは言はざれば、
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