来《ゆきき》の絶えたるに、例ならず繁《しげ》き車輪《くるま》の輾《きしり》は、或《あるひ》は忙《せはし》かりし、或《あるひ》は飲過ぎし年賀の帰来《かへり》なるべく、疎《まばら》に寄する獅子太鼓《ししだいこ》の遠響《とほひびき》は、はや今日に尽きぬる三箇日《さんがにち》を惜むが如く、その哀切《あはれさ》に小《ちひさ》き膓《はらわた》は断《たた》れぬべし。
 元日快晴、二日快晴、三日快晴と誌《しる》されたる日記を涜《けが》して、この黄昏《たそがれ》より凩《こがらし》は戦出《そよぎい》でぬ。今は「風吹くな、なあ吹くな」と優き声の宥《なだ》むる者無きより、憤《いかり》をも増したるやうに飾竹《かざりだけ》を吹靡《ふきなび》けつつ、乾《から》びたる葉を粗《はした》なげに鳴して、吼《ほ》えては走行《はしりゆ》き、狂ひては引返し、揉《も》みに揉んで独《ひと》り散々に騒げり。微曇《ほのぐも》りし空はこれが為に眠《ねむり》を覚《さま》されたる気色《けしき》にて、銀梨子地《ぎんなしぢ》の如く無数の星を顕《あらは》して、鋭く沍《さ》えたる光は寒気《かんき》を発《はな》つかと想《おも》はしむるまでに、その薄明《
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