みて、二言三言《ふたことみこと》小声に語合《かたら》ひたりしが、
「何やかやで八百円ぐらゐは要《い》りますので」
「三千八百円、それだけ有つたら、貴下方は死なずに済むのですな」
打算し来《きた》れば、真に彼等の命こそ、一人前一千九百円に過ぎざるなれ。
「それぢや死ぬのはつまらんですよ! 三千や四千の金なら、随分そこらに滾《ころが》つてゐやうと私は思ふ。就いては何とか御心配して上げたいと考へるのですが、先づとにかく貴下方の身の上を一番《ひとつ》悉《くはし》くお話し下さらんか」
かかる際《きは》には如何ばかり嬉き人の言《ことば》ならんよ。彼はその偽《いつはり》と真《まこと》とを思ふに遑《いとま》あらずして、遣る方も無き憂身《うきみ》の憂きを、冀《こひねがは》くば跡も留めず語りて竭《つく》さんと、弱りし心は雨の柳の、漸く風に揺れたる勇《いさみ》を作《な》して、
「はい、ついに一面識も御座いません私共、殊《こと》に痴情の果に箇様《かよう》な不始末《ぶしまつ》を為出《しだ》しました、何《なに》ともはや申しやうも無い爛死蛇《やくざもの》に、段々と御深切のお心遣《こころづかひ》、却つて恥入りまして、実に面目次第も御座いません。
折角の御言《おことば》で御座いますから、思召《おぼしめし》に甘えまして、一通りお話致しますで御座いますが、何から何まで皆恥で、人様の前ではほとほと申上げ兼ねますので御座います。
実は、只今申上げました三千円の費消《つかひこみ》と申しますのは、究竟《つまり》遊蕩《あそび》を致しました為に、店の金に手を着けましたところ、始の内はどうなり融通も利《き》きましたので、それが病付《やみつき》に成つて、段々と無理を致しまして、長い間に※[#「※」は「りっしんべん+(夢−夕)/目」、446−8]々《うかうか》穴を開けましたのが、積り積つて大分《だいぶん》に成りましたので御座います。
然《しか》るところ、もう八方|塞《ふさが》つて遣繰《やりくり》は付きませず、いよいよ主人には知れますので、苦紛《くるしまぎ》れに相場に手を出したのが怪我《けが》の元で、ちよろりと取られますと、さあそれだけ穴が大きく成りましたものですから、愈《いよい》よ為方御座いません、今度はどうか、今度はどうかで、もうさう成つては私も死物狂《しにものぐるひ》で、無理の中から無理を致して、続くだけ遣りましたところが、到頭|逐倒《おひたふ》されて了ひまして、三千円と申上げました費消《つかひこみ》も、半分以上はそれに注込みましたので御座います。
然し、これだけの事で御座いますれば、主人も従来《これまで》の勤労《つとめ》に免じて、又どうにも勘弁は致してくれましたので御座います。現にこの一条が発覚致しまして、主人の前に呼付けられました節も、この度《たび》の事は格別を以つて赦《ゆる》し難いところも赦して遣ると、箇様に申してはくれましたので」
「成程?!」
「と申すのには、少し又|仔細《しさい》が御座いますので。それは、主人の家内の姪《めひ》に当ります者が、内に引取つて御座いまして、これを私に妻《めあは》せやうと云ふ意衷《つもり》で、前々《ぜんぜん》からその話は有りましたので御座いますが、どうも私は気が向きませんもので、何と就かずに段々|言延《いひのば》して御座いましたのを、決然《いよいよ》どうかと云ふ手詰《てづめ》の談《はなし》に相成《あひな》りましたので。究竟《つまり》、費消《つかひこみ》は赦して遣るから、その者を家内に持て、と箇様に主人は申すので御座います」
「大きに」
「其処《そこ》には又|千百《いろいろ》事情が御座いまして、私の身に致しますと、その縁談は実に辞《ことわ》るにも辞りかねる義理に成つてをりますので、それを不承知だなどと吾儘《わがまま》を申しては、なかなか済む訳の者ではないので御座います」
「ああ、さうなのですか」
「そこへ持つて参つて、此度《こんど》の不都合で御座います、それさへ大目に見てくれやうと云ふので御座いますから、全《まる》で仇《かたき》をば恩で返してくれますやうな、申分《まをしぶん》の無い主人の所計《はからひ》。それを乖《もど》きましては、私は罰《ばち》が中《あた》りますので御座います。さうとは存じながら、やつぱり私の手前勝手で、如何《いか》にともその気に成れませんので、已《や》むを得ず縁談の事は拒絶《ことわり》を申しましたので御座います」
「うむ、成程」
「それが為に主人は非常な立腹で、さう吾儘《わがまま》を言ふのなら、費消《つかひこみ》を償《まと》へ、それが出来ずば告訴する。さうしては貴様の体に一生の疵《きず》が附く事だから、思反《おもひかへ》して主人の指図《さしず》に従へと、中に人まで入れて、未《ま》だ未だ申してくれましたのを、何処
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