も楽を為せない算段を為る。私だつて金属《かね》で出来た機械ぢやなし、さうさう駆使《こきつか》はれてお為にばかり成つてゐちや、這箇《こつち》の身が立ちはしない。
 別にどうしてくれなくても、訳さへ解つてゐてくれりや、辛いぐらゐは私は辛抱する。所歓《いろ》は堰《せ》いて了ふし、旦那取《だんなとり》は為ろと云ふ。そんな不可《いや》な真似《まね》を為なくても、立派に行くやうに私が稼いであるんぢやありませんか。それをさう云ふ無理を言つてからに、素直でないの、馬鹿だのと、足蹴に為るとは……何……何事で……せう!
 それぢや私も赫《かつ》として、もう我慢が為切れなく成つたから、物も言はずに飛出さうと為る途端に、運悪く又|那奴《あいつ》が遣つて来たんぢやありませんか。さあ、捉《つかま》つて了つて、其処《そこ》の場図《ばつ》で迯《にげ》るには迯られず、阿母《おつか》さんは得《え》たり賢《かしこ》しなんでせう、一処に行け行けと聒《やかまし》く言ふし、那奴は何でも来いと云つて放さない。私も内を出た方が都合が好いと思つたから、まあ言ふなりに成つて、例の処へ※[#「※」は「てへん+曳」、428−15]《ひつぱ》られて行つたとお思ひなさい。あの長尻《ながちり》だから、さあ又還らない、さうして何か所思《おもはく》でも有つたんでせうよ、何だか知らないけれど、その晩に限つて無闇《むやみ》とお酒を強《しひ》るんでさ。這箇《こつち》も鬱勃肚《むしやくしやばら》で、飲めも為ないのに幾多《いくら》でも引受けたんだけれど、酔ひさうにも為やしない。
 その内に漸々《そろそろ》又お極《きま》りの気障《きざ》な話を始めやがつて、這箇《こつち》が柳に受けて聞いてゐて遣りや、可いかと思つて増長して、呆《あき》れた真似《まね》を為やがるから、性の付く程|諤々《つけつけ》さう言つて遣つたら、さあ自棄《やけ》に成つて、それから毒吐《どくつ》き出して、やあ店番の埃被《ほこりかぶり》だの、冷飯吃《ひやめしくら》ひの雇人《やとひにん》がどうだのと、聞いちやゐられないやうな腹の立つ事を言やがるから、這箇《こつち》も思切つて随分な悪体《あくたい》を吐《つ》いて遣つたわ、私は。
 さうすると、了局《しまひ》に那奴は何と言ふかと思ふと、幾許《いくら》七顛八倒《じたばた》しても金で縛《しば》つて置いた体だなんぞ、と利《き》いた風な事を言ふんぢやありませんか。だから、私はさう言つて遣つた、お気の毒だが、貴方は大方目が眩《くら》んで、そりやお袋を縛つたんだらうつて」
 聴ゐる狭山は小気味好《こきみよ》しとばかりに頷《うなづ》けり。
「それで那奴《あいつ》は全然《すつかり》慍《おこ》つて了つて、それからの騒擾《さわぎ》でさ。無礼な奴だとか何とか言つて、私は襟《えり》を持つて引擦《ひきず》り仆《たふ》された。随分飲んでゐたから、やつぱり酔つてゐたんでせう。その時はもう全《まる》で夢中で、唯《ただ》那奴の憎らしいのが胸一杯に込上《こみあ》げて、這畜生《こんちくしよう》と思ふと、突如《いきなり》其処《そこ》に在つたお皿を那奴の横面《よこつつら》へ叩付《たたきつ》けて遣つた。丁度それが眉間《みけん》へ打着《ぶつか》つて血が淋漓《だらだら》流れて、顔が半分真赤に成つて了つた。これは居ちや面倒だと思つたから、家中大騒を遣つてゐる隙《すき》を見て、窃《そつ》と飛出した事は飛出したけれど、別に往所《ゆきどころ》も無いから、丹子の阿母《おつか》さんの処へ駈込《かけこ》んだの。
 ところが、好かつた事には、今旅から帰つたと云ふところなんで、時間を見ると、十時|余程《よつぽど》廻つてゐるんでせう。※[#「※」は「さんずい+氣」、429−17]車《きしや》はもう出ず、気ばかりは急《せ》くけれど、若箇道《どつちみち》間に合ふんぢやなし、それに話は有るし為るもんだから、一晩厄介に成る事にして、髪なんぞを結んでもらひながら、些《ちつ》と訳が有つて、貴方と一処に当分身を隠すのだと云ふやうに話を為てね、それから丹子の事も悉《くはし》く言置いて遣りましたら――善い人ね、あの阿母さんは――おいおい泣出して、自分の子の事はふつつりとも言はずに、唯私の身ばかりを案じて、ああのかうのと色々言つてくれたその実意と云つたら……噫《ああ》、同じ人間でありながら、内の阿母さんは、実に、あなた、鬼ですわ! 私もあの子の阿母さんのやうな実の親が有つたらば、こんな苦労は為やしまいし、又貴方のやうな方の有るのを、さぞかし力に念《おも》つて、喜びも為やうし、大事にも為る事だらうと思つたら、もうもう悲くなつて、悲くなつて、如何《いか》に何でも余《あんま》り情無くて、私はどんなに泣きましたらう。
 それに、私をばあんなに頼《たのみ》に為てゐた阿母さんの事だから、当分でも田
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