として生涯の友にせうと思うた人は、後にも先にも貴方ばかりじや。いや、それは段々お世話にもなつた、忝《かたじけな》いと思うた事も幾度《いくたび》か知れん、その媛友《レディフレンド》に何年ぶりかで逢うたのぢやから、僕も実に可懐《なつかし》う思ひました」
 宮は泣音《なくね》の迸《ほとばし》らんとするを咬緊《くひし》めて、濡浸《ぬれひた》れる袖《そで》に犇々《ひしひし》と面《おもて》を擦付《すりつ》けたり。
「けれど又、円髷《まるわげ》に結うて、立派にしてゐらるるのを見りや、決《け》して可愛《かはゆ》うはなかつた。幸ひ貴方が話したい事が有ると言《いは》るる、善し、あの様に間を詐《いつは》つた貴方じや、又僕を幾何《どれ》ほど詐ることぢやらう、それを聞いた上で、今日こそは打※[#「※」は「足+(殕−歹)」、297−11]《うちのめ》してくれやうと待つてをつた。然るに、貴方の悔悟、僕は陰《ひそか》に喜んで聴いたのです。今日《こんにち》の貴方はやはり僕の友《フレンド》の宮さんぢやつた。好う貴方悔悟なすつた! さも無かつたら、貴方の顔にこの十倍の疵《きず》を附けにや還《かへ》さんぢやつたのです。なあ、自ら容されたのは人に赦さるる始――解りましたか。
 で、間に取成してくれい、詑《わび》を言うてくれい、とのお嘱《たのみ》ぢやけれど、それは僕は為《せ》ん。為んのは、間に対してどうも出来んのぢやから。又貴方に罪有りと知つてをりながらその人から頼まるる僕でない。又僕が間であつたらば、断じて貴方の罪は容さんのぢやから。
 かうして親友の敵《かたき》に逢うてからに、指も差さずに別るる、これが荒尾の貴方に対する寸志と思うて下さい。いや、久しぶりで折角お目に掛りながら、可厭《いや》な言《こと》ばかり聞せました。それぢや、まあ、御機嫌好《ごきげんよ》う、これでお暇《いとま》します」
 会釈して荒尾の身を起さんとする時、
「暫《しばら》く、どうぞ」宮は取乱したる泣顔を振挙《ふりあ》げて、重き瞼《まぶた》の露を払へり。
「それではこの上どんなにお願ひ申しましても、貴方はお詑を為《なす》つては下さらないので御座いますか。さうして貴方もやはり私《わたくし》を容《ゆる》さんと有仰《おつしや》るので御座いますか」
「さうです」
 忙《せは》しげに荒尾は片膝《かたひざ》立ててゐたり。
「どうぞもう暫くゐらしつて下さいまし、唯今《ただいま》直《ぢき》に御飯が参りますですから」
「や、飯《めし》なら欲うありませんよ」
「私は未だ申上げたい事が有るのでございますから、荒尾さんどうかお坐り下さいまし」
「いくら貴方が言うたつて、返らん事ぢやありませんか」
「そんなにまで有仰らなくても、……少しは、もう堪忍《かんにん》なすつて下さいまし」
 火鉢《ひばち》の縁《ふち》に片手を翳《かざ》して、何をか打案ずる様《さま》なる目を※[#「※」は「(睹−目)/(翕−合)」、298−15]《そら》しつつ荒尾は答へず。
「荒尾さん、それでは、とてもお聴入《ききいれ》はあるまいと私は諦《あきら》めましたから、貫一《かんいつ》さんへお詑の事はもう申しますまい、又貴方に容して戴く事も願ひますまい」
 咄嗟《とつさ》に荒尾の視線は転じて、猶|語続《かたりつづく》る宮が面《おもて》を掠《かす》め去《さ》りぬ。
「唯一目私は貫一さんに逢ひまして、その前でもつて、私の如何《いか》にも悪かつた事を思ふ存分|謝《あやま》りたいので御座います。唯あの人の目の前で謝りさへ為たら、それで私は本望なのでございます。素《もと》より容してもらはうとは思ひません。貫一さんが又容してくれやうとも、ええ、どうせ私は思ひは致しません。容されなくても私はかまひません。私はもう覚悟を致し……」
 宮は苦しげに涙を呑みて、
「ですから、どうぞ御一所にお伴れなすつて下さいまし。貴方がお伴れなすつて下されば、貫一さんはきつと逢つてくれます。逢つてさへくれましたら、私は殺されましても可《よ》いので御座います。貴方と二人で私を責めて責めて責め抜いた上で、貫一さんに殺さして下さいまし。私は貫一さんに殺してもらひたいので御座います」
 感に打れて霜置く松の如く動かざりし荒尾は、忽《たちま》ちその長き髯《ひげ》を振りて頷《うなづ》けり。
「うむ、面白い! 逢うて間に殺されたいとは、宮さん好う言《いは》れた。さうなけりやならんじや。然し、なあ、然しじや、貴方は今は富山の奥さん、唯継《ただつぐ》と云ふ夫の有る身じや、滅多な事は出来んですよ」
「私はかまひません!」
「可かん、そりや可かん。間に殺されても辞せんと云ふその悔悟は可いが、それぢや貴方は間有るを知つて夫有るのを知らんのじや。夫はどうなさるなあ、夫に道が立たん事になりはせまいか、そこも考へて貰はにやな
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