上げるのは、実際恥入る次第で、言ふ事は一々曲つてゐるのですから、正《ただし》い、直《すぐ》なお耳へは入《い》らんところではない。逆ふのでございませう。で、潔い貴方と、拗《ねぢ》けた私とでは、始からお話は合はんのですから、それでお話を為る以上は、どうぞ何事もお聞流《ききながし》に願ひます」
「ああ、善く解りました」
「真人間になつてくれんかと有仰《おつしや》つて下すつたのが、私は非常に嬉《うれし》いのでございます。こんな商売は真人間の為る事ではない、と知つてゐながらかうして致してゐる私の心中、辛《つら》いのでございます。そんな思をしつつ何為《なぜ》してゐるか! 曰《いは》く言難《いひがた》しで、精神的に酷《ひど》く傷《きずつ》けられた反動と、先《ま》づ思召《おぼしめ》して下さいまし。私が酒が飲めたら自暴酒《やけざけ》でも吃《くら》つて、体《からだ》を毀《こは》して、それきりに成つたのかも知れませんけれど、酒は可《い》かず、腹を切る勇気は無し、究竟《つまり》は意気地の無いところから、こんな者に成つて了つたのであらうと考へられます」
 彼の潔《きよ》しと謂ふなる直道が潔き心の同情は、彼の微見《ほのめか》したる述懐の為に稍《やや》動されぬ。
「お話を聞いて見ると、貴方が今日《こんにち》の境遇になられたに就いては、余程深い御様子が有るやう、どう云ふのですか、悉《くはし》く聞《きか》して下さいませんか」
「極|愚《ぐ》な話で、到底お聞せ申されるやうな者ではないのです。又自分もこの事は他《ひと》には語るまい、と堅く誓つてゐるのでありますから、どうも申上げられません。究竟《つまり》或事に就いて或者に欺かれたのでございます」
「はあ、それではお話はそれで措《お》きませう。で、貴方もあんな家業は真人間の為べき事ではない、と十分承知してゐらるる、父などは決して愧《は》づべき事ではない、と謂つて剛情を張り通した。実に浅ましい事だと思ふから、或時は不如《いつそ》父の前で死んで見せて、最後の意見を為るより外は無い、と決心したことも有つたのです。父は飽くまで聴かん、私も飽くまで棄てては措《お》かん精神、どんな事をしても是非改心させる覚悟で居つたところ、今度の災難で父を失つた、残念なのは、改心せずに死んでくれたのだ、これが一生の遺憾《いかん》で。一時に両親《ふたおや》に別れて、死目にも逢《あ》はず、その臨終と謂へば、気の毒とも何とも謂ひやうの無い……凡《およ》そ人の子としてこれより上の悲《かなしみ》が有らうか、察し給へ。それに就けても、改心せずに死なしたのが、愈《いよい》よ残念で、早く改心さへしてくれたらば、この災難は免《のが》れたに違無い。いや私はさう信じてゐる。然し、過ぎた事は今更為方が無いから、父の代《かはり》に是非貴方に改心して貰《もら》ひたい。今貴方が改心して下されば、私は父が改心したも同じと思つて、それで満足するのです。さうすれば、必ず父の罪も滅びる、私の念も霽《は》れる、貴方も正い道を行けば、心安く、楽く世に送られる。
 成程、お話の様子では、こんな家業に身を墜《おと》されたのも、已《や》むを得ざる事情の為とは承知してをりますが、父への追善、又その遺族の路頭に迷つてゐるのを救ふのと思つて、金を貸すのは罷《や》めて下さい。父に関した財産は一切貴方へお譲り申しますからそれを資本に何ぞ人をも益するやうな商売をして下されば、この上の喜《よろこび》は有りません。父は非常に貴方を愛してをつた、貴方も父を愛して下さるでせう。愛して下さるなら、父に代つて非を悛《あらた》めて下さい」
 聴ゐる貫一は露の晨《あした》の草の如く仰ぎ視《み》ず。語り訖《をは》れども猶仰ぎ視ず、如何《いか》にと問るるにも仰ぎ視ざるなりけり。
 忽《たちま》ち一閃《いつせん》の光ありて焼跡を貫く道の畔《ほとり》を照しけるが、その燈《ともしび》の此方《こなた》に向ひて近《ちかづ》くは、巡査の見尤《みとが》めて寄来《よりく》るなり。両箇《ふたり》は一様に※[#「※」は「目+是」、284−11]《みむか》へて、待つとしもなく動かずゐたりければ、その前に到れる角燈の光は隈無《くまな》く彼等を曝《さら》しぬ。巡査は如何《いか》に驚きけんよ、かれもこれも各《おのおの》惨として蒼《あを》き面《おもて》に涙垂れたり――しかもここは人の泣くべき処なるか、時は正《まさ》に午前二時半。
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    続 金 色 夜 叉


     与紅葉山人書
              学 海 居 士[#行末より2字上げ]

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紅葉山人足下。僕幼嗜読稗史小説。当時行於世者。京伝三馬一九。及曲亭柳亭春水数輩。雖有文辞之巧麗。搆思之妙絶。多是舐古人之糟粕。拾兎園之残簡。聊以加己意焉耳。独曲亭柳
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