亭二子較之余子。学問該博。熟慣典故。所謂換骨奪胎。頗有可観者。如八犬弓張侠客伝。及田舎源氏諸国物語類是也。然在当時。読此等書者。不過閭巷少年。畧識文字。間有渉猟史伝者。識見浅薄。不足以判其巧拙良否焉。而文学之士斥為鄙猥。為害風紊俗。禁子弟不得縦読。其風習可以見矣。」年二十一二。稍読水滸西遊金瓶三国紅楼諸書。兼及我源語竹取宇津保俊蔭等書。乃知稗史小説。亦文学之一途。不必止游戯也。而所最喜。在水滸金瓶紅楼。及源語。能尽人情之隠微。世態之曲折。用筆周到。渾思巧緻。而源氏之能描性情。文雅而思深。金瓶之能写人品。筆密而心細。蓋千古無比也。近時小説大行。少好文辞者。莫不争先攘臂其間。然率不過陋巷之談。鄙夫之事。至大手筆如金瓶源氏等者。寥乎無聞何也。僕及読足下所著諸書。所謂細心邃思者。知不使古人専美於上矣。多情多恨金色夜叉類。殆与金瓶源語相似。僕反覆熟読不能置也。惜範囲狭。而事跡微。地位卑而思想偏。未足以展布足下之大才矣。盍借一大幻境。以運思馳筆。必有大可観者。僕老矣。若得足下之一大著述。快読之。是一生之願也。足下以何如。
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第 一 章
時を銭《ぜに》なりとしてこれを換算せば、一秒を一毛に見積りて、壱人前《いちにんまへ》の睡量《ねぶりだか》凡《およ》そ八時間を除きたる一日の正味十六時間は、実に金五円七拾六銭に相当す。これを三百六十五日の一年に合計すれば、金弐千壱百〇弐円四拾銭の巨額に上るにあらずや。さればここに二十七日と推薄《おしつま》りたる歳末の市中は物情|恟々《きようきよう》として、世界絶滅の期の終《つひ》に宣告せられたらんもかくやとばかりに、坐りし人は出でて歩み、歩みし人は走りて過ぎ、走りし人は足も空に、合ふさ離《き》るさの気立《けたたまし》く、肩相摩《けんあひま》しては傷《きずつ》き、轂相撃《こくあひう》ちては砕けぬべきをも覚えざるは、心々《こころごころ》に今を限《かぎり》と慌《あわ》て騒ぐ事ありて、不狂人も狂せるなり。彼等は皆過去の十一箇月を虚《あだ》に送りて、一秒の塵《ちり》の積める弐千余円の大金を何処《いづく》にか振落し、後悔の尾《しり》に立ちて今更に血眼《ちまなこ》を※[#「※」は「目+登」、286−15]《みひら》き、草を分け、瓦を揆《おこ》しても、その行方《ゆくへ》を尋ねんと為るにあらざるなし。かかる間《ひま》にも常は止《ただ》一毛に値する一秒の壱銭|乃至《ないし》拾銭にも暴騰せる貴々重々《ききちようちよう》の時は、速射砲を連発《つるべうち》にするが如く飛過《とびすぐ》るにぞ、彼等の恐慌は更に意言《こころことば》も及ばざるなる。
その平生《へいぜい》に怠無《おこたりな》かりし天は、又今日に何の変易《へんえき》もあらず、悠々《ゆうゆう》として蒼《あを》く、昭々として闊《ひろ》く、浩々《こうこう》として静に、しかも確然としてその覆《おほ》ふべきを覆ひ、終日《ひねもす》北の風を下《おろ》し、夕付《ゆふづ》く日の影を耀《かがやか》して、師走《しはす》の塵《ちり》の表《おもて》に高く澄めり。見遍《みわた》せば両行の門飾《かどかざり》は一様に枝葉の末広く寿山《じゆざん》の翠《みどり》を交《かは》し、十町《じつちよう》の軒端《のきば》に続く注連繩《しめなは》は、福海《ふくかい》の霞《かすみ》揺曳《ようえい》して、繁華を添ふる春待つ景色は、転《うた》た旧《ふ》り行く歳《とし》の魂《こん》を驚《おどろ》かす。
かの人々の弐千余円を失ひて馳違《はせちが》ふ中を、梅提げて通るは誰《た》が子、猟銃|担《かた》げ行くは誰が子、妓《ぎ》と車を同《おなじ》うするは誰が子、啣楊枝《くはへようじ》して好き衣《きぬ》着たるは誰が子、或《あるひ》は二頭|立《だち》の馬車を駆《か》る者、結納《ゆひのう》の品々|担《つら》する者、雑誌など読みもて行く者、五人の子を数珠繋《ずずつなぎ》にして勧工場《かんこうば》に入《い》る者、彼等は各《おのおの》若干《そこばく》の得たるところ有りて、如此《かくのごと》く自ら足れりと為《す》るにかあらん。これ等の少《すこし》く失へる者は喜び、彼等の多く失へる輩《はい》は憂ひ、又|稀《まれ》には全く失はざりし人の楽めるも、皆内には齷齪《あくそく》として、盈《み》てるは虧《か》けじ、虧けるは盈たんと、孰《いづれ》かその求むるところに急ならざるはあらず。人の世は三《みつ》の朝《あした》より花の昼、月の夕《ゆふべ》にもその思《おもひ》の外《ほか》はあらざれど、勇怯《ゆうきよう》は死地に入《い》りて始て明《あきらか》なる年の関を、物の数とも為《せ》ざらんほどを目にも見よとや、空臑《からすね》の酔《ゑひ》を踏み、鉄鞭《てつべん》を曳《ひ》き、一巻のブックを懐《ふところ》にして、嘉平治平《かへいじひら》
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