うお前には用は無いからどうでも独《ひとり》で勝手に為るが可い、と云ふやうな不人情なことを仮初《かりそめ》にも為たのぢやなし、鴫沢の家は譲らうし、所望《のぞみ》なら洋行も為《さ》せやうとまで言ふのぢやないか。それは一時は腹も立たうけれど、好く了簡して前後を考へて見たら、万更訳の解らない話をしてゐるのぢやないのだもの、私達の顔を立ててくれたつて、そんなに罰《ばち》も当りはしまいと思ふのさ。さうしてお剰《まけ》に、阿父さんから十分に訳を言つて、頭を低《さ》げないばかりにして頼んだのぢやないかね。だから此方《こつち》には少しも無理は無い筈《はず》だのに、貫一が余《あんま》り身の程を知らな過《すぎ》るよ。
それはね、阿父さんが昔あの人の親の世話になつた事があるさうさ、その恩返《おんがへし》なら、行処《ゆきどこ》の無い躯《からだ》を十五の時から引取つて、高等学校を卒業するまでに仕上げたから、それで十分だらうぢやないか。
全く、お前、貫一の為方《しかた》は増長してゐるのだよ。それだから、阿父さんだつて、私だつて、ああされて見ると決して可愛《かはゆ》くはないのだからね、今更|此方《こつち》から捜出して、とやかう言ふほどの事はありはしないよ。それぢや何ぼ何でも不見識とやらぢやないか」
その不見識とやらを嫌《きら》ふよりは、別に嫌ふべく、懼《おそ》るべく、警《いまし》むべき事あらずや、と母は私《ひそか》に慮《おもひはか》れるなり。
「阿父《おとつ》さんや阿母《おつか》さんの身になつたら、さう思ふのは無理も無いけれど、どうもこのままぢや私が気が済まないんですもの。今になつて考へて見ると、貫一さんが悪いのでなし、阿父さん阿母さんが悪いのでなし、全く私一人が悪かつたばかりに、貫一さんには阿父さん阿母さんを恨ませるし、阿父さん阿母さんには貫一さんを悪く思はせたのだから、やつぱり私が仲へ入つて、元々通に為なければ済まないと思ふんですから、貫一さんの悪いのは、どうぞ私に免じて、今までの事は水に流して了つて、改めて貫一さんを内の養子にして下さいな。若しさうなれば、私もそれで苦労が滅《なくな》るのだから、きつと体も丈夫になるに違無いから、是非さう云ふ事に阿父さんにも頼んで下さいな、ねえ、阿母さん。さうして下さらないと、私は段々体を悪くするわ」
かく言出でし宮が胸は、ここに尽《ことごと》くその罪を懺悔《ざんげ》したらんやうに、多少の涼きを覚ゆるなりき。
「そんなに言ふのなら、還《かへ》つて阿父さんに話をして見やうけれど、何もその所為《せゐ》で体が弱くなると云ふ訳も無かりさうなものぢやないか」
「いいえ、全くその所為よ。始終そればかり苦になつて、時々考込むと、実に耐《たま》らない心持になることがあるんですもの、この間逢ふ前まではそんなでもなかつたのだけれど、あれから急に――さうね、何と謂《い》つたら可いのだらう――私があんなに不仕合《ふしあはせ》な身分にして了《しま》つたとさう思つて、さぞ恨んでゐるだらうと、気の毒のやうな、可恐《おそろし》いやうな、さうして、何と無く私は悲くてね。外《ほか》には何も望は無いから、どうかあの人だけは元のやうにして、あの優い気立で、末始終阿父さんや阿母さんの世話をして貰つたら、どんなに嬉《うれし》からうと、そんな事ばかり考へては鬱《ふさ》いでゐるのです。いづれ私からも阿父さんに話をしますけれど、差当《さしあたり》阿母さんから好くこの訳をさう言つて、本当に頼んで下さいな。私二三日の内に行きますから」
されども母は投首《なげくび》して、
「私の考量《かんがへ》ぢや、どうも今更ねえ……」
「阿母さんは! 何もそんなに貫一さんを悪く思はなくたつて可いわ。折角話をして貰はうと思ふ阿母さんがさう云ふ気ぢや、とても阿父さんだつて承知をしては下さるまいから……」
「お前がそれまでに言ふものだから、私は不承知とは言はないけれど……」
「可いの、不承知なのよ。阿父さんもやつぱり貫一さんが憎くて、大方不承知なんでせうから、私は※[#「※」は「馮/几」、231−13]拠《あて》にはしないから、不承知なら不承知でも可いの」
涙含《なみだぐ》みつつ宮が焦心《せきごころ》になれるを、母は打惑ひて、
「まあ、お聞きよ。それは、ね、……」
「阿母さん、可いわ――私、可いの」
「可《よ》かないよ」
「可かなくつても可いわ」
「あれ、まあ、……何だね」
「どうせ可いわ。私の事はかまつてはおくれでないのだから……」
我にもあらで迸《ほとばし》る泣声を、つと袖に抑《おさ》へても、宮は急来《せきく》る涙を止《とど》めかねたり。
「何もお前、泣くことは無いぢやないか。可笑《をかし》な人だよ、だからお前の言ふことは解つてゐるから、内へ帰つて、善く話をした上で……」
「可
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