舎《ゐなか》へ行つて了ふと云ふのを、それは心細がつて、力を落したの何のと云つたら、私も別れるのが気の毒に成るくらゐで、先へ落付いたら、どうぞ一番に住所《ところ》を知せてくれ、初中終《しよつちゆう》旅を出行《である》いてゐる体だから、直《ぢき》に御機嫌伺《ごきげんうかが》ひに出ると、その事をあんなに懇々《くれぐれ》も頼んでゐましたから、後で聞いたら、さぞ吃驚《びつくり》して……きつと疾《わづら》ひでも為るでせうよ。考へて見りや、丹子も可愛《かはい》し、あの阿母さんも怜《いとし》いし。吁《ああ》、吁!」
歔欷《すすりなき》して彼は悶《もだ》えつ。
「さう云ふ訳ぢや、猶更《なほさら》内ぢや大騒をして捜してゐる事だらう」
「大変でせうよ」
「それだと余《あんま》り遅々《ぐづぐづ》しちやゐられないのだ」
「どうで、狭山さん、先は知れてゐ……」
「さうだ」
「だからねえ、もう早い方が可ござんすよ」
女は咽《むせ》びて其処《そこ》に泣伏しぬ。狭山は涙を連※[#「※」は「目+荅」、431−4]《しばたた》きて、
「お静、おい、お静や」
「あ……あい。狭山さん!」
憐《あはれ》むべし、情極《じようきはま》りて彼等の相擁《あひよう》するは、畢竟《ひつきよう》尽きせぬ哀歎《なげき》を抱《いだ》くが如き者ならんをや。
(三) の 二
両箇《ふたり》は此方《こなた》にかつ泣きかつ語れる間、彼方《あなた》の一箇《ひとり》は徒然《つれづれ》の柱に倚《よ》りて、やうやう傾く日影に照されゐたり。
その待人の如何《いか》なる者なるかを見て、疑は決すべしと為せし貫一も、かの伴ひ還りし女を見るに※[#「※」は「しんにょう+台」、431−13]《およ》びて、その疑はいよいよ錯雑して、しかも新なる怪訝《あやしみ》の添はるのみなり。
如何《いか》なればや、女の顔色も甚《はなは》だ勝《すぐ》れず、その点の男といと善く似たるは、同じ憂を分つにあらざる無からんや。我聞く、犯罪の底には必ず女有りと、若《も》し信《まこと》なりとせば、彼は正《まさし》く彼女《かのをんな》ゆゑに如何《いか》なる罪をも犯せるならんよ。その罪の故《ゆゑ》に男は苦み、その苦の故に女は憂ふると為《せ》ば、彼等は誠に相愛《あひあい》するの堅き者ならず哉《や》。
知らず、彼等は何《なに》の故に相率《あひひきゐ》てこの人目|稀
前へ
次へ
全354ページ中315ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング