ぢやありませんか。だから、私はさう言つて遣つた、お気の毒だが、貴方は大方目が眩《くら》んで、そりやお袋を縛つたんだらうつて」
 聴ゐる狭山は小気味好《こきみよ》しとばかりに頷《うなづ》けり。
「それで那奴《あいつ》は全然《すつかり》慍《おこ》つて了つて、それからの騒擾《さわぎ》でさ。無礼な奴だとか何とか言つて、私は襟《えり》を持つて引擦《ひきず》り仆《たふ》された。随分飲んでゐたから、やつぱり酔つてゐたんでせう。その時はもう全《まる》で夢中で、唯《ただ》那奴の憎らしいのが胸一杯に込上《こみあ》げて、這畜生《こんちくしよう》と思ふと、突如《いきなり》其処《そこ》に在つたお皿を那奴の横面《よこつつら》へ叩付《たたきつ》けて遣つた。丁度それが眉間《みけん》へ打着《ぶつか》つて血が淋漓《だらだら》流れて、顔が半分真赤に成つて了つた。これは居ちや面倒だと思つたから、家中大騒を遣つてゐる隙《すき》を見て、窃《そつ》と飛出した事は飛出したけれど、別に往所《ゆきどころ》も無いから、丹子の阿母《おつか》さんの処へ駈込《かけこ》んだの。
 ところが、好かつた事には、今旅から帰つたと云ふところなんで、時間を見ると、十時|余程《よつぽど》廻つてゐるんでせう。※[#「※」は「さんずい+氣」、429−17]車《きしや》はもう出ず、気ばかりは急《せ》くけれど、若箇道《どつちみち》間に合ふんぢやなし、それに話は有るし為るもんだから、一晩厄介に成る事にして、髪なんぞを結んでもらひながら、些《ちつ》と訳が有つて、貴方と一処に当分身を隠すのだと云ふやうに話を為てね、それから丹子の事も悉《くはし》く言置いて遣りましたら――善い人ね、あの阿母さんは――おいおい泣出して、自分の子の事はふつつりとも言はずに、唯私の身ばかりを案じて、ああのかうのと色々言つてくれたその実意と云つたら……噫《ああ》、同じ人間でありながら、内の阿母さんは、実に、あなた、鬼ですわ! 私もあの子の阿母さんのやうな実の親が有つたらば、こんな苦労は為やしまいし、又貴方のやうな方の有るのを、さぞかし力に念《おも》つて、喜びも為やうし、大事にも為る事だらうと思つたら、もうもう悲くなつて、悲くなつて、如何《いか》に何でも余《あんま》り情無くて、私はどんなに泣きましたらう。
 それに、私をばあんなに頼《たのみ》に為てゐた阿母さんの事だから、当分でも田
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