おそろし》き夜道ならんよ。戸一重外《とひとへそと》には、山颪《やまおろし》の絶えずおどろおどろと吹廻《ふきめぐ》りて、早瀬の波の高鳴《たかなり》は、真に放鬼の名をも懐《おも》ふばかり。
折しも唾壺《はひふき》打つ音は、二間《ふたま》ばかりを隔てて甚だ蕭索《しめやか》に聞えぬ。
貫一は何《なに》の故《ゆゑ》とも知らで、その念頭を得放れざるかの客の身の上をば、独り様々に案じ入りつつ、彼既に病客ならず、又我が識《し》る人ならずと為《せ》ば、何を以つて人を懼《おそ》るる態《かたち》を作《な》すならん。抑《そもそ》も彼は何者なりや。又何の尤《とが》むるところ有りて、さばかり人を懼るるや。
貫一はこの秘密の鑰《かぎ》を獲んとして、左往右返《とさまかうさま》に暗中|摸索《もさく》の思《おもひ》を費すなりき。
(二) の 二
明《あく》る朝《あした》の食後、貫一は先《ま》づこの狭き畑下戸《はたおり》の隅々《すみずみ》まで一遍《ひとわたり》見周《みめぐ》りて、略《ほ》ぼその状況を知るとともに、清琴楼の家格《いへがら》を考へなどして、磧《かはら》に出づれば、浅瀬に架《かか》れる板橋の風情《ふぜい》面白く、渡れば喜十六の山麓《さんろく》にて、十町ばかり登りて須巻《すまき》の滝《たき》の湯有りと教へらるるままに、遂《つひ》に其処《そこ》まで往きて、午《ひる》近き頃宿に帰りぬ。
汗を流さんと風呂場に急ぐ廊下の交互《すれちがひ》に、貫一はあたかもかの客の湯上りに出会へり。こたびも彼は面《おもて》を見せじとやうに、慌忙《あわただし》く打背《うちそむ》きて過行くなり。
今は疑ふべくもあらず、彼は正《まさし》く人目を避けんと為るなり。則《すなは》ち人を懼るるなり。故は、自ら尤《とがむ》るなり。彼は果して何者ならん、と貫一は愈《いよい》よ深く怪みぬ。
昨日《きのふ》こそ誰乎彼《たそがれ》の黯※[#「※」は「黯−音+甚」、413−16]《くらがり》にて、分明《さやか》に面貌《かほかたち》を弁ぜざりしが、今の一目は、躬《みづから》も奇なりと思ふばかり奇《くし》くも、彼の不用意の間《うち》に速写機の如き力を以てして、その映じ来《きた》りし形を総《すべ》て脱《のが》さず捉《とら》へ得たりしなり。
貫一はその相貌《そうぼう》の瞥見《べつけん》に縁《よ》りて、直《ただ》ちに彼の性質を
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