いなる古鏡《こきよう》の沈める如く、深く蔽《おほ》へる岸樹《がんじゆ》は陰々として眠るに似たり。貫一は覚えず踏止りぬ。
 かの逆巻《さかま》く波に分け入りし宮が、息絶えて浮び出でたりし其処《そこ》の景色に、似たりとも酷《はなは》だ似たる岸の布置《たたずまひ》、茂《しげり》の状況《ありさま》、乃至《ないし》は漾《たた》ふる水の文《あや》も、透徹《すきとほ》る底の岩面《いはづら》も、広さの程も、位置も、趣《おもむき》も、子細に看来《みきた》ればいよいよ差《たが》はず。
 彼は眦《まなじり》を決《さ》きて寒慄《かんりつ》せり。
 怪《あやし》むべき哉《かな》、曾《かつ》て経《へ》たりし塲《ところ》をそのままに夢むる例《ためし》は有れ、所拠《よりどころ》も無く夢みし跡を、歴々《まざまざ》とかく目前に見ると云ふも有る事か。宮の骸《むくろ》の横《よこた》はりし処も、又は己《おのれ》の追来《おひき》し筋も、彼処《かしこ》よ、此処《ここ》よと、陰《ひそか》に一々|指《ゆびさ》しては、限無《かぎりな》く駭《おどろ》けるなり。
 車夫を顧みて、処の名を問へば、不動沢《ふどうざわ》と言ふ。
 物可恐《ものおそろ》しげなる沢の名なるよ。げに思へば、人も死ぬべき処の名なり。我も既に死なんとせしがと、さすが現《うつつ》の身にも沁《し》む時、宮にはあらで山百合《やまゆり》の花なりし怪異を又|懐《おも》ひて、彼は肩頭《かたさき》寒く顫《ふる》ひぬ。
 卒《にはか》に踵《きびす》を回《かへ》して急げば、行路《ゆくて》の雲間に塞《ふさが》りて、咄々《とつとつ》、何等《なんら》の物か、と先《まづ》驚《おどろ》かさるる異形《いぎよう》の屏風巌《びようぶいは》、地を抜く何百|丈《じよう》と見挙《みあぐ》る絶頂には、はらはら松も危《あやふ》く立竦《たちすく》み、幹竹割《からたけわり》に割放《さきはな》したる断面は、半空《なかそら》より一文字に垂下《すいか》して、岌々《きゆうきゆう》たるその勢《いきほひ》、幾《ほとん》ど眺《なが》むる眼《まなこ》も留《とま》らず。
 貫一は惘然《ぼうぜん》として佇《たたず》めり。
 彼が宮を追ひて転《まろ》び落ちたりし谷間の深さは、正《まさ》にこの天辺《てつぺん》の高きより投じたらんやうに、冉々《せんせん》として虚空を舞下《まひくだ》る危惧《きぐ》の堪難《たへがた》かりしを想へ
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