るので御座います。其処《そこ》をお考へ遊ばしたら、如何《いか》に好かん奴であらうとも、雫《しづく》ぐらゐの情《なさけ》は懸けて遣《や》らう、と御不承が出来さうな者では御座いませんか。
私もさう御迷惑に成る事は望みませんです、せめて満足致されるほどのお辞《ことば》を、唯|一言《ひとこと》で宜いのですから、今までのお馴染効《なじみがひ》にどうぞ間さん、それだけお聞せ下さいまし」
終に近く益す顫《ふる》へる声は、竟《つひ》に平生《へいぜい》の調《ちよう》をさへ失ひて聞えぬ。彼は正《まさし》くその一言《いちごん》の為には幾千円の公正証書を挙げて反古《ほぐ》に為んも、なかなか吝《をし》からぬ気色を帯びて逼《せま》れり。息は凝《こ》り、面《おもて》は打蒼《うちあを》みて、その袖《そで》よりは劒《つるぎ》を出《いだ》さんか、その心よりは笑《ゑみ》を出《いだ》さんか、と胸跳《むねをど》らせて片時《へんじ》も苦く待つなりき。
切なりと謂はば実《げ》に極《きは》めて切なる、可憐《しをら》しと謂はば又極めて可憐き彼の心の程は、貫一もいと善く知れれど、他《た》の己《おのれ》を愛するの故《ゆゑ》を以《も》て直《ただ》ちに蛇蝎《だかつ》に親まんや、と却《かへ》りてその執念をば難堪《たへがた》く浅ましと思へるなり。
されど又情として※[#「※」は「がんだれ+萬」、382−9]《はげし》く言ふを得ざるこの場の仕儀なり。貫一は打悩《うちなや》める眉《まゆ》を強《しひ》て披《ひら》かせつつ、
「さうして貴方が満足するやうな一言《いちごん》?……どう云ふ事を言つたら可いのですか」
「貴方もまあ何を有仰《おつしや》つてゐらつしやるのでせう。御自分の有仰る事を他《ひと》にお聞き遊ばしたつて、誰が存じてをりますものですか」
「それはさうですけれど、私にも解らんから」
「解るも解らんも無いでは御座いませんか。それが貴方は何か巧い遁口上《にげこうじよう》を有仰《おつしや》らうとなさるから、急に御考も無いので、貴方に対する私、その私が満足致すやうな一言と申したら、間さん、外には有りは致しませんわ」
「いや、それなら解つてゐます……」
「解つてゐらつしやるなら些《ちよつ》と有仰《おつしや》つて下さいましな」
「それは解つてゐますけれど、貴方の言れるのはかうでせう。段々お話の有つたやうな訳であるから、とにかくそ
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