時計を見遣りて、
「貴方、もうお帰りに成つたが可いでせう、余り晩《おそ》くなるですから。ええ?」
「憚《はばか》り様で御座います」
「いや、御注意を申すのです」
「その御注意が憚り様で御座いますと申上げるので」
「ああ、さうですか」
「今朝のあの方なら、そんな御注意なんぞは遊ばさんで御座いませう。如何《いかが》ですか」
 憎さげに言放ちて、彼は吾矢の立つを看《み》んとやうに、姑《しばら》く男の顔色を候《うかが》ひしが、
「一体あれは何者なので御座います!」
 犬にも非ず、猫にも非ず、汝《なんぢ》に似たる者よと思ひけれど、言争《いひあらそ》はんは愚なりと勘弁して、彼は才《わづか》に不快の色を作《な》せしのみ。満枝は益す独り憤《じ》れて、
「旧《ふる》いお馴染《なじみ》ださうで御座いますが、あの恰好《かつこう》は、商売人ではなし、万更の素人《しろうと》でもないやうな、貴方も余程《よつぽど》不思議な物をお好み遊ばすでは御座いませんか。然し、間さん、あれは主有《ぬしあ》る花で御座いませう」
 妄《みだり》に言へるならんと念《おも》へど、如何《いか》にせん貫一が胸は陰《ひそか》に轟《とどろ》けるを。
「どうですか、なあ」
「さう云ふ者を対手《あひて》に遊ばすと、別《べつ》してお楽《たのしみ》が深いとか申しますが、その代《かはり》に罪も深いので御座いますよ。貴方が今日《こんにち》まで巧《たくみ》に隠し抜いてゐらしつた訳も、それで私能く解りました。こればかりは余り公《おほやけ》に御自慢は出来ん事で御座いますもの、秘密に遊ばしますのは実に御尤《ごもつとも》で御座います。
 その大事の秘密を、人も有らうに、貴方の嫌《きら》ひの嫌ひの大御嫌《だいおきら》ひの私に知られたのは、どんなにかお心苦《こころくるし》くゐらつしやいませう。私十分お察し申してをります。然し私に取りましては、これ程|幸《さいはひ》な事は無いので御座います。貴方が余り片意地に他《ひと》を苦めてばかりゐらしつたから、今度は私から思ふ様これで苦めて上げるのです。さう思召《おぼしめ》してゐらつしやい!」
 聞訖《ききをは》りたる貫一は吃々《きつきつ》として窃笑《せつしよう》せり。
「貴方は気でも違ひは為《せ》んですか」
「少しは違つてもをりませう。誰がこんな気違《きちがひ》には作《な》すつたのです。私気が違つてゐるなら、今朝
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