有ると云ふのにどうするのか」
「ぢや私はここに待つてゐますから」
「知らん! もう放せと言つたら」
用捨もあらず宮は捻倒《ねぢたふ》されて、落花の狼藉《ろうぜき》と起き敢《あ》へぬ間に貫一は出行《いでゆ》く。
(六) の 二
座敷外に脱ぎたる紫裏《むらさきうら》の吾妻《あづま》コオトに目留めし満枝は、嘗《かつ》て知らざりしその内曲《うちわ》の客を問はで止む能《あた》はざりき。又常に厚く恵《めぐま》るる老婢は、彼の為に始終の様子を告《つぐ》るの労を吝《をし》まざりしなり。さてはと推せし胸の内は瞋恚《しんい》に燃えて、可憎《につく》き人の疾《と》く出で来《こ》よかし、如何《いか》なる貌《かほ》して我を見んと為《す》らん、と焦心《せきごころ》に待つ間のいとどしう久《ひさし》かりしに、貫一はなかなか出《い》で来ずして、しかも子亭《はなれ》のほとほと人気《ひとけ》もあらざらんやうに打鎮《うちしづま》れるは、我に忍ぶかと、弥《いよい》よ満枝は怺《こら》へかねて、
「お豊さん、もう一遍|旦那《だんな》様にさう申して来て下さいな、私《わたし》今日は急ぎますから、些《ちよつ》とお目に懸りたいと」
「でも、私《わたくし》は誠に参り難《にく》いので御座いますよ、何だかお話が大変込入つてお在《いで》のやうで御座いますから」
「かまはんぢやありませんか、私がさう申したと言つて行くのですもの」
「ではさう申上げて参りますです」
「はあ」
老婢は行きて、紙門《ふすま》の外より、
「旦那さま、旦那さま」
「此方《こちら》にお在《いで》は御座いませんよ」
かく答へしは客の声なり。豊は紙門《ふすま》を開きて、
「おや、さやうなので御座いますか」
実《げ》に主《あるじ》は在らずして、在るが如くその枕頭《まくらもと》に坐れる客の、猶悲《なほかなしみ》の残れる面《おもて》に髪をば少し打乱《うちみだ》し、左の※[#「※」は「ころもへん+各」、358−10]《わきあけ》の二寸ばかりも裂けたるままに姿も整はずゐたりしを、遽《にはか》に引枢《ひきつくろ》ひつつ、
「今し方|其方《そちら》へお出《いで》なすつたのですが……」
「おや、さやうなので御座いますか」
「那裡《あちら》のお客様の方へお出《いで》なすつたのでは御座いませんか」
「いいえ、貴方、那裡《あちら》のお客様が急ぐと有仰《おつしや
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