些《ちよつ》と」
「さやうで御座いますか。では此方《こちら》へ」
主《あるじ》の本意《ほい》ならじとは念《おも》ひながら、老婢は止むを得ず彼を子亭《はなれ》に案内《あない》せり。昨夜《ゆふべ》の収めざる蓐《とこ》の内に貫一は着のまま打仆《うちたふ》れて、夜着《よぎ》も掻巻《かいまき》も裾《すそ》の方《かた》に蹴放《けはな》し、枕《まくら》に辛《から》うじてその端《はし》に幾度《いくたび》か置易《おきかへ》られし頭《かしら》を載《の》せたり。
思ひも懸けず宮の入来《いりく》るを見て、起回《おきかへ》らんとせし彼の膝下《ひざもと》に、早くも女の転《まろ》び来て、立たんと為れば袂《たもと》を執り、猶《なほ》も犇《ひし》と寄添ひて、物をも言はず泣伏したり。
「ええ、何の真似《まね》だ!」
突返さんとする男の手を、宮は両手に抱《いだ》き緊《し》めて、
「貫一さん!」
「何を為る、この恥不知《はぢしらず》!」
「私が悪かつたのですから、堪忍して下さいまし」
「ええ、聒《やかまし》い! ここを放さんか」
「貫一さん」
「放さんかと言ふに、ええ、もう!」
その身を楯《たて》に宮は放さじと争ひて益《ますま》す放さず、両箇《ふたり》が顔は互に息の通はんとすばかり近く合ひぬ。一生又|相見《あひみ》じと誓へるその人の顔の、おのれ眺《なが》めたりし色は疾《と》く失せて、誰《たれ》ゆゑ今の別《べつ》に※[#「※」は「豐+盍」、354−15]《えん》なるも、なほ形のみは変らずして、実《げ》にかの宮にして宮ならぬ宮と、吾は如何《いか》にしてここに逢へる! 貫一はその胸の夢むる間《ひま》に現《うつつ》ともなく彼を矚《まも》れり。宮は殆《ほとん》ど情|極《きはま》りて、纔《わづか》に狂せざるを得たるのみ。
彼は人の頭《かしら》より大いなるダイアモンドを乞ふが為に、この貫一の手を把《と》る手をば釈《と》かざらん。大いなるダイアモンドか、幾許《いかばかり》大いなるダイアモンドも、宮は人の心の最も小き誠に値せざるを既に知りぬ。彼の持《も》たるダイアモンドはさせる大いなる者ならざれど、その棄去りし人の誠は量無《はかりな》きものなりしが、嗟乎《ああ》、今|何処《いづこ》に在りや。その嘗《かつ》て誠を恵みし手は冷《ひやや》かに残れり。空《むなし》くその手を抱《いだ》きて泣かんが為に来《きた》れる宮が悔は
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