》えし婢《をんな》は、覚えず主《あるじ》の気色《けしき》を異《あやし》みつつ、
「あの、御本家の奥様がお出《い》で遊ばしました」

     第 四 章

 主《あるじ》夫婦を併《あは》せて焼亡《しようぼう》せし鰐淵《わにぶち》が居宅は、さるほど貫一の手に頼《よ》りてその跡に改築せられぬ、有形《ありがた》よりは小体《こてい》に、質素を旨としたれど専《もつぱ》ら旧《さき》の構造を摸《うつ》して差《たが》はざらんと勉《つと》めしに似たり。
 間貫一と陶札を掲げて、彼はこの新宅の主《あるじ》になれるなり。家督たるべき直道は如何《いか》にせし。彼は始よりこの不義の遺産に手をも触れざらんと誓ひ、かつこれを貫一に与へて、その物は正業の資たれ。その人は改善の人たれと冀《こひねがひ》しを、貫一は今この家の主《ぬし》となれるに、なほ先代の志を飜《ひるがへ》さずして、益《ますま》す盛《さかん》に例の貪《むさぼり》を営むなりき。然《しか》れば彼と貫一との今日《こんにち》の関繋《かんけい》は如何《いか》なるものならん。絶えてこれを知る者あらず。凡《およ》そ人生|箇々《ここ》の裏面には必ず如此《かくのごと》き内情|若《もし》くは秘密とも謂ふべき者ありながら、幸《さいはひ》に他の穿鑿《せんさく》を免れて、瞹眛《あいまい》の裏《うち》に葬られ畢《をは》んぬる例《ためし》尠《すくな》からず。二代の鰐淵なる間の家のこの一件もまた貫一と彼との外に洩《も》れざるを得たり。
 かくして今は鰐淵の手代ならぬ三番町の間は、その向に有数の名を成して、外には善く貸し、善く歛《をさ》むれども、内には事足る老婢《ろうひ》を役《つか》ひて、僅《わづか》に自炊ならざる男世帯《をとこせたい》を張りて、なほも奢《おご》らず、楽まず、心は昔日《きのふ》の手代にして、趣は失意の書生の如く依然たる変物《へんぶつ》の名を失はでゐたり。
 出《い》でてはさすがに労《つか》れて日暮に帰り来にける貫一は、彼の常として、吾家《わがいへ》ながら人気無き居間の内を、旅の木蔭にも休《やすら》へる想しつつ、稍《やや》興冷めて坐りも遣《や》らず、物の悲き夕《ゆふべ》を特《こと》に独《ひとり》の感じゐれば、老婢はラムプを持ち来《きた》りて、
「今日《こんにち》三時頃でございました、お客様が見えまして、明日《みようにち》又今頃来るから、是非内に居てくれる
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