く帰る、お前待つてゐるか」
「私は何時《いつ》でも待つてをりますぢや御座いませんか」
「これは冷淡でない!」
 漸《やうや》く唯継の立起《たちあが》れば、宮は外套《がいとう》を着せ掛けて、不取敢《とりあへず》彼に握手を求めぬ。こは決《け》して宮の冷淡ならざるを証するに足らざるなり、故《ゆゑ》は、この女夫《めをと》の出入《しゆつにゆう》に握手するは、夫の始より命じて習せし躾《しつけ》なるをや。

     (三) の 二

 夫を玄関に送り出《い》でし宮は、やがて氷の窖《あなぐら》などに入《い》るらん想《おもひ》しつつ、是非無き歩《あゆみ》を運びて居間に還《かへ》りぬ。彼はその夫と偕《とも》に在るを謂《い》はんやう無き累《わづらひ》と為《す》なれど、又その独《ひとり》を守りてこの家に処《おか》るるをも堪《た》へ難く悒《いぶせ》きものに思へるなり。必《かならず》しも力《つと》むるとにはあらねど、夫の前には自《おのづか》ら気の張ありて、とにかくにさるべくは振舞へど恣《ほしいま》まなる身一箇《みひとつ》となれば、遽《にはか》に慵《ものう》く打労《うちつか》れて、心は整へん術《すべ》も知らず紊《みだ》れに乱るるが常なり。
 火鉢《ひばち》に倚《よ》りて宮は、我を喪《うしな》へる体《てい》なりしが、如何《いか》に思入《おもひい》り、思回《おもひまは》し思窮《おもひつ》むればとて、解くべきにあらぬ胸の内の、終《つひ》に明けぬ闇《やみ》に彷徨《さまよ》へる可悲《かな》しさは、在るにもあられず身を起して彼は障子の外なる縁に出《い》でたり。
 麗《うるはし》く冱《さ》えたる空は遠く三四《みつよつ》の凧《いか》の影を転じて、見遍《みわた》す庭の名残《なごり》無く冬枯《ふゆか》れたれば、浅露《あからさま》なる日の光の眩《まばゆ》きのみにて、啼狂《なきくる》ひし梢《こずゑ》の鵯《ひよ》の去りし後は、隔てる隣より戞々《かつかつ》と羽子《はね》突く音して、なかなかここにはその寒さを忍ぶ値《あたひ》あらぬを、彼はされども少時《しばし》居て、又空を眺《なが》め、又|冬枯《ふゆがれ》を見遣《みや》り、同《おなじ》き日の光を仰ぎ、同き羽子の音を聞きて、抑《おさ》へんとはしたりけれども抑へ難さの竟《つひ》に苦く、再び居間に入《い》ると見れば、其処《そこ》にも留らで書斎の次なる寝間《ねま》に入《い》るより、
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