つ》りたりやと、その見る前に身の措所無《おきどころな》く打竦《うちすく》みたり。
「同じですよ。さうは思ひませんか。で、貴方の悔悟《かいご》されたのは善い、これは人として悔悟せんけりやならん事。けれども残念ながら今日《こんにち》に及んでの悔悟は業《すで》に晩《おそ》い。間の堕落は間その人の死んだも同然、貴方は夫を持つて六年、なあ、水は覆《くつがへ》つた。盆は破れて了《しま》うたんじや。かう成つた上は最早《もはや》神の力も逮《およ》ぶことではない。お気の毒じやと言ひたいが、やはり貴方が自ら作《な》せる罪の報《むくい》で、固よりかく有るべき事ぢやらうと思ふ」
宮は俯《うつむ》きてよよと泣くのみ。
吁《ああ》、吾が罪! さりとも知らで犯せし一旦の吾が罪! その吾が罪の深さは、あの人ならぬ人さへかくまで憎み、かくまで怨むか。さもあらば、必ず思知る時有らんと言ひしその人の、争《いか》で争で吾が罪を容《ゆる》すべき。吁《ああ》、吾が罪は終《つひ》に容《ゆる》されず、吾が恋人は終に再び見る能はざるか。
宮は胸潰《むねつぶ》れて、涙の中に人心地《ひとここち》をも失はんとすなり。
おのれ、利を見て愛無かりし匹婦《ひつぷ》、憎しとも憎しと思はざるにあらぬ荒尾も、当面に彼の悔悟の切なるを見ては、さすがに情《じよう》は動くなりき。宮は際無《はてしな》く顔を得挙《えあ》げずゐたり。
「然し、好う悔悟を作《なす》つた。間が容さんでも、又僕が容さんでも、貴方はその悔悟に因《よ》つて自ら容されたんじや」
由無《よしな》き慰藉《なぐさめ》は聞かじとやうに宮は俯《ふ》しながら頭《かしら》を掉《ふ》りて更に泣入りぬ。
「自《みづから》にても容されたのは、誰《たれ》にも容されんのには勝《まさ》つてをる。又自ら容さるるのは、終には人に容さるるそれが始ぢやらうと謂《い》ふもの。僕は未《ま》だ未だ容し難く貴方を怨む、怨みは為るけれど、今日《こんにち》の貴方の胸中は十分察するのです。貴方のも察するからには、他の者の間《はざま》の胸中もまた察せにやならん、可いですか。さうして孰《いづれ》が多く憐《あはれ》むべきであるかと謂へば、間の無念は抑《そもそも》どんなぢやらうか、なあ、僕はそれを思ふんです。それを思うて見ると、貴方の苦痛を傍観するより外は無い。
かうして今日《こんにち》図らずお目に掛つた。僕は婦人
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